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おとうちゃんはアホなんやッ! - 2014.04.09 Wed

京都に引っ越して、Jコムに加入。東京で契約してた有線とは見られる局数が倍くらい違う。そんなにあるのに、東映チャンネルともオプション契約。月に1500円だから、ま、安いものだ。
その東映チャンネルで早速見たのが、「日本侠客伝 血斗神田祭り」。主演はもちろん健さん。監督はマキノ雅弘。
公開は1966年だからおよそ半世紀前。なのに、なんと瑞々しいことか!

健さんは火消しの纏持ち。物語は大正時代に設定されていて、その頃の東京にはまだそんな組織が残っていたんですね。

この映画、封切りの時に見て、その何年後かに池袋の文芸座のオールナイトでも見ているはずだが、例によってほとんど忘れていた。忘れていたのは、世評に反してわたしのマキノ評価が低かったせいもあろう。この映画も、傑作との評判だったが、詰まらなくはないけど …というのが当時のわたしの評価で。このことはよく覚えている。

で、約50年ぶりに見たこの映画、前述したように、傑作中の傑作でした。

あれはなんといったか、お正月にはしごに乗って消防関係のひとがやる曲芸(!)、あれをロングに撮ったカットがタイトルバックで、それに続いて、木遣りを歌いながら火消したちが町内を練り歩くのですが、揃いの衣装がまあかっこいいこと! そのお正月の平和この上ない風景をぶち壊すように一台の車がやってくる。乗っているのがやくざの親分で演じますのが天津敏。ずいぶん前に亡くなっちゃいましたが、悪役専門の俳優さんで、いいんですよ、体もでかいが顔もでかくて、凄い貫禄。知的な雰囲気もあって、そこがさらに悪党ぽさを感じさせる。

この映画、主だった役どころを演じる俳優達の登場がきまってる。商業映画はこうでなくっちゃ。
かっては健さんの恋人で、いまは呉服屋の若旦那の奥さんになってる、藤純子の最初の登場の美しさといったら!

もちろん、この映画はヤクザ映画ですから、物語は、先の天津敏演じるやくざと健さんたちの火消したちとの抗争がメインになっているのですが、それはあくまでも仮の姿で、実は、これ、ピュアで哀しい男と女の話なのです。

3組の男女がいます。先の健さんと藤純子、鶴田浩二と野際陽子、それに藤山寛美と中原早苗と。
鶴田は大阪のやくざの組員で野際はその組の親分の娘。かれらは親分(=父)がふたりの仲を認めないので、駆け落ちしてきているのですが、野際は結核で、鶴田は稼ぎがないから、彼女に大阪に帰って病気を治した方がいいというのだが、彼女はうんと言わない。
健さんは藤純子のことを「奥さん」と呼び、鶴田は野際のことを「とうさん」と呼ぶ。「父さん」じゃないんですよ、関西弁で「お嬢さん」のこと。手を伸ばせば肩に触れ、両腕で抱きしめることだって出来るのに、二組の男女の間にはそうは出来ない距離=一線がある、と。これが哀しいわけですよ。

野際陽子が素晴らしい。このひとが登場したとき、「あっ」と思った、思い出したわけです、この映画を確かに見たことがあると。そう、健さんの記憶も、かって同人誌に「純子の友」と命名したほどの大ファンであった純子さんの記憶も、きれいさっぱり消えていたのに、野際陽子は覚えてた。それほど素晴らしい。

この野際さんが、鶴田の「もう大阪にお帰りになった方が …」というと、男にすがりつき、そして、わたしたちはなにも悪いことはしていない、お父ちゃんがアホなんやッ! と叫ぶようにいうソノ声が凄い。わたし、ブルルと震えてしまいました。

一方、健さんと純子さん。純子さんの亭主はやくざのために家屋敷もろとも焼かれてしまい、なんだかんだあって、純子さん、元の芸者に戻ってしまう。健さんが迎えに行くと、純子さん、かなり酔っ払っていて、酒の力を借りて、今頃なにを言ってる、あなたはわたしが結婚すると言っても、止めなかったじゃないか、涙も見せてくれなかったじゃないかという。と、健さん、命を的にした暮らしをしている自分と一緒になったら、あなたは不幸になると思ったから …といい、そして、でも、今は泣いてますと、うつむいてた顔を上げると、両の目にはうっすらと涙のあとが …

これがマキノの名調子です。

目を見張らせるのは、こういった切ないラブシーンだけじゃありません。ラスト、お定まりの殴り込みになるのですが、これがいい。
基本的にわたしはチャンバラだの格闘シーンがあまり好きじゃない。だって結果は見えてるわけでしょ。健さんは死なないし、ゲスト出演の鶴田は、殺されるって。だから、延々そんなの見せられてもさあ、といつもは思うのだけれど、この映画はとても手際がいい。
鶴田は単身、天津の組に殴りこむんですが、その引き気味のカットと、藤純子を探して町中を歩く健さんのアップが、交互に、いわゆるカットバックされる。そのために余計な乱闘シーンが削られているわけです。
健さんは、純子さんが天津組に拉致されたことを知り、それで彼も殴りこみをかけるわけですが、その時の武器に火消しが日常使ってる「とび口」を持っていく。これがいい。ま、誰でも指摘するところですが。

健さんのこのときの立ち回りが凄い。凄い迫力。天津以下のやくざの三下たちも凄い緊張感を漲らせている。日本家屋特有の障子やふすまや柱を巧みに使った殺陣。決して広くない空間に男と刀と熱気ががひしめいている感じ。これ、やくざ映画のみならず、世界映画史に残る乱闘シーンではあるまいか。

健さんをほっとくわけにはいかないと、他の火消したちもとび口を持って、天津邸に向かうのですが、この時、寛美が半鐘を鳴らし、それを聞きつけた他の組の火消したちもわれ先にと天津邸へ。火消しの半纏を着た男たちが街角のあちらからこちらから溢れる水のように現れる。これもマキノの得意とするところ。
ああ、映画だなあとため息が出る。

そして大ラス。健さんが天津を切り捨てたところで、火消しの幹部の誰やらが、「警察を入れるんじゃねえ!」と大声で叫ぶ。そう、当然のように警官隊が押し寄せているわけです。その押し寄せてきた無粋な制服を着た警官隊を、粋でいなせな半纏軍団が通せんぼをしているんです。なんてカッコいいんだろう。

そう、その図が、当時の全共闘の学生たちと機動隊の対峙にダブッて、文芸座のオールナイトに来た学生諸君は歓声をあげた、と。これも思い出しました。

昔、面白いと思った映画が時を経て改めて見てみるとさほどのことはないと思うこともあれば、逆に、この映画のように、昔見た時はさほどでもなかった映画が、いま見るとその凄さを再認識して、自らの不明に恥じ入ることもある。
これ、素直に成長の証と考えていいんですよね、多分。

繰り返しますが、野際さん、凄い。彼女が登場すると画面が濡れる。そんな感じ。わがままなお嬢さんという役柄もあってるし。それこそ、自らの皮一枚、剥いで見せられた感じ。ショックです。





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