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おきざりのからだ - 2011.01.26 Wed

口先から生まれたと言われるほどよく喋り、それ以外はボーッとしており、自分ひとりの世界に没頭すると本当に周りが見えなくなり、ヘタすると声も聞こえなくなる子供だった私。

いや、今もそうか。

でも、「普段の私」と「芝居をする時の私」は、当たり前だけれど別のもので、それは自分の身体に無意識であるか、意識的であるかの違い。
先日、稽古場で竹内さんが仰っていた「自動化と異化」のお話。
自動化=無意識で、異化=意識化ということなのですが、脳には見聞きしたことを貯蓄するスペースがいくらでもあるはずなのに、皆、それをどんどん忘れていってしまう。
要は、必要最低限のエネルギーさえあれば、わざわざ貯めておく必要がないから、どんどん捨てていってるのだ、というお話でした。

見えてるのに、見えてないことにしてしまっている。
聞こえているのに、聞こえていないことにしてしまっている。

これは全部、意識的にではなく、脳が勝手にそうしてしまっているのだそうです。


でも!お芝居をするのに、これではいけない、と、佐藤愛子は自分の愚かしい芝居を振り返って思った。

私の身体は、今、あなたの台詞や動きによってこう感じて、こう動いた、ということを、ひとつ、ひとつ、明示していく。
私が大学に入学した頃から、竹内さんが口を酸っぱくして仰っていた、「身体の状態を意識する」ということ、「身体が先行する」、ということ。
まず身体があって、言葉がある。
極端な話、台詞は、その台詞を言う身体をちゃんと作っていれば、一番いい音で出てくるはずだ、と、本当に竹内さんには何千回言わせてしまったことか。
アイコサトウは自分が恥ずかしいです。ああ。穴を掘りたいです。入るためです。

頭でわかっていても、記憶に残っていても、身体が動かない。
おきざりにしてしまう。
身体って難しい。

でもDRY BONESの芝居に泥を塗るわけにはいきません。

お客さんに、「こんなことやってるんだ!」と驚いてもらったり、「あれって何だったんだろう」という余韻を、劇場を出た後にも残してもらえるレベルに、必ず到達しなければなりません。





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