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伝える - 2010.10.16 Sat

昨日、ケータイを電車で落とし、
京都駅まで取りに行くため、
今日はいつもより倍以上かけて学校にたどり着きました。
北村です。


僕の祖父母はすでに70歳を越えており、
竹内先生同様
かなりお疲れのようで
あんなに元気でパワフルだった父方の祖父は店に立っていることもつらいようで
今は椅子に座りながら
お好み焼きや焼きそばを売っています。

母方の祖父も
幾度も倒れたり、心臓の手術をしたり…
以前のように豪快に笑うことも少なくなって
少し寂しそうな顔をします。

そしてどちらの祖母も共通して言うのは
「手間が掛かるわね」と…


そんな祖父母を見ると
頭をよぎる1つの思い出があります。


僕がまだ小学生だった頃、
僕の曾祖母(うちではおっきいおばあちゃんとよんでました)が京都から奈良にやって来ました。
でもその時は確か、すでに立つことはできず、ベットに寝たきりだったと思います。
じきに病院に入院してしまい、口をきいた記憶はありません。

おそらくそれから1年くらいは母や祖母に連れられて何度も見舞いに行きました。
その度に「なにか話しなさい」と言われるのですが、返答は無く
こちらを見るだけのおっきいおばあちゃんに、小学生だった僕はだんだん恐怖を覚えました。
今思えばおっきいおばあちゃんはなにか伝えようとしていたんでしょう。
でも死に近付いて行く人間が間接的に「死」を意識させ、僕は拒絶してしまったんだと思います。

その年の正月にポチ袋に入れたお年玉をくれました。
宛名は祖母の代筆でした。

僕はろくに礼も言わず。
病室から出てシーツ室で隠れていたと思います。



しばらくしておっきいおばあちゃんは死んでしまいました。
実感はあまりなかったです。

むしろホッとしてたと思います。



今になってあの時のことをよく思い出すのは
「死」を意識するようになったからでしょう。
寂しいことですが。
今度はちゃんと「ありがとう」とか「ごめんね」って伝えろってことなんでしょう。


「伝える」って大切ですよね。
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