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2014-05

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ふたりの命はひとつだろ - 2014.05.27 Tue

『深沢七郎外伝 淋しいって痛快なんだ』(新海均 著)読了。

ずいぶん昔に読んだ、嵐山光三郎の深沢をモデルにした小説『桃仙人』で、わたしの深沢像が出来上がっていて、それは、煮ても焼いても食えない偏屈きわまりないひとというものだが、ここで描かれる深沢は、度がきつくて匂いも鼻につくクセの強い酒を清涼飲料水で割ったような印象。
多分この違いは、嵐山とこの本の著者の深沢との距離のとり方、つきあいの濃さの違いからくるものだろう。
それと人柄の違いか。きっとこの著者はいいひとなのだろう。

嵐山の小説で唯一覚えているのは、深沢家の電話を使おうとしたら、ひとの家の電話を使うやつは泥棒と同じだ、とののしられたというエピソード。もしかしたら、電話にそういう意味の言葉が書かれていたのかも知れない。
もうひとつあった。フツーのひとは、どこそこの蕎麦はうまいよ、などというのだが、深沢は、大宮の○○のコーヒーはまずいよ、一度行ってごらんと言ってニコニコしていた、というもの。
魅力的なことこの上ないひとだと思うけれど、何度も書いているようにわたしは至って小心者だから、こういうひととお近づきになるのはごめんだ。怖いし、疲れる。

しかし、偏屈なようで、フツーのひとがなす儀礼は欠かさなかったようで、いただき物などしたときには、実にまめに礼状を書き、また、折に触れ、自分の農場で出来た野菜や味噌などを、目上の小説家や世話になった編集者など、あちこちに送ってもいたようだ。
律儀な面があったというより、そこにはぬかりない打算もあったはず。ひとことで言えば、庶民の知恵だろう。
『楢山節考』を映画化した監督の木下恵介に、見事な作品と書いた礼状を送っているらしいのだが、それは本心ではなかろう。だって、小説とは似ても似つかないものだもの。書いたあとで舌を出していたのではないか。
平気で二枚舌を使うのも庶民の知恵だ。

とにかく一筋縄ではいかないひとだ。やっぱり疲れる。
以下は、この本に引用されていた、某雑誌の座談会での彼の発言。

人間が増えていくでしょう。だからいっそ、排卵促進剤をジャンジャン飲ませて、ジャンジャン産ませて、みんなで食っちゃう。食糧危機になるからたんぱく質もまにあう。80年経つと、人間は数倍になる。人間が400億人になる。そうすると人間の重さが地球より重くなる。そうすると地球が自転をやめてしまう。バーって宇宙にみんな飛んでいっちゃう。永遠に彷徨う星になる。

まさに七郎節全開だが、なんと愉快で恐ろしいことを考えるひとだろう。

わたしはさほどの愛読者ではないが、やっぱり『楢山節考』は大変な傑作で、これと一緒に文庫本に収められていた『東京のプレスリーたち』も時代を超える若々しさを感じさせる。
それと、晩年の作品では、『極楽まくらおとし図』。安楽死を扱ったもので、死にたいけど死ねないひとの最後を引き受けるのが商売だか役目のひとがいて、寝ている病人をまくらで窒息死させるくだりがなんともリアルで、もの凄く怖い。たんたんと、朝起きて顔を洗うのと変わらない感じでそれをやる。そのように描いている。前述の雑誌での発言に通じるテイストといえば、ご理解いただけるでしょうか。

録画していた健さんの映画を見る。『居酒屋兆治』と『ホタル』。ともに初見、作品としてはイマイチだったが …

前者は山口瞳の小説を原作にしているらしい。健さんと奥さんの加藤登紀子が営む居酒屋にやってくる、いろんな客の山あり谷ありを描いたもの。多分、原作では、客たちの悲喜コモゴモが中心で、兆治は彼等の話の聞き役という役回りではないか。しかし、映画では健さんをそんな地味な役にするわけにもいかずというわけで、健さんと彼のかっての恋人だった大原麗子の話が中心になっている。中心にはなっているものの、大原の、結婚してるのに時々家出して、その挙句、健さんに電話をかけてくる、その理由がはっきりせず、これまた推測だが、小説でもそのように書かれているような気もするのだが、その曖昧さが映画では通じない。シナリオも演出も手をこまねいている感じで、要領を得ないのだ。
軸がしっかりしないので、客たちのエピソードの描き方を大仰にしてなんとか<映画>にしようとしているのだが …

後者の健さんは特攻隊の生き残りで、いまは鹿児島で漁師をしている。田中裕子演じる奥さんは腎臓を患っていて、長くは生きられそうもない、という設定。
昭和天皇の崩御直後。同じ生き残りの友人が、ずっと死に時を探していて、これをきっかけに自殺するとか、田中裕子は、その昔、健さんの上官と結婚の約束をしていて、当然のように戦死してしまう彼は、実は朝鮮人で、物語の終わりを、夫婦で韓国の釜山に住む彼の両親に遺骨を持っていくシーンで締めくくるとか。
エピソードは揃っているのだが、その料理の腕前が …
健さん等の若き日の特攻兵を演じる若い俳優達の芝居が、いくらなんでもひどすぎて、ほとんど学芸会なのだ。なんとかならなかったのか。英霊たちが怒るぞ、ほんとに。

だがしかし。健さんがやっぱりいい、いいとしか言いようがない。そりゃ、健さんありきで作られた映画だから、いいのは当たり前と言われればそうなんだけど。

釜山に行くと、亡くなった上官のおじさんらしきひとから、なんで朝鮮人が殺されて日本人のお前が生き残っているのかとののしられる。このシーンの10人ばかりの親族のひとたちのたたずまいが、緊張感が漲っていてもの凄くいいんだけど、健さん、それにたじろがず、上官が最後に健さんに残した言葉を彼等に伝える、「自分は大日本帝国のために死ぬのじゃない、朝鮮民族の誇りのために、そしてともさん(田中裕子の名前)のために …」、このもの言いが堂々としていて力強く、親族もそしてわたしたち観客も、感銘し落涙を止めることが出来ない。


こんな芝居、健さん以外に誰が出来るだろう。
あ、C・イーストウッドならば出来るかも。

健さんも律儀なひとと言われていて、それを証明するエピソードには事欠かないが、しかし、健さんは<庶民>ではないので、二枚舌など使わない。
だって、スターなんだから。

釜山に行く前に、俺の腎臓をやるから手術をしてくれないか、と奥さんに言う。奥さんは、しかし、手術したって長く生きられる保証はないし …と否定的な返事をする。と、健さんは、次のような台詞を吐く。うつむき加減に。

ふたりの命はひとつだろ。

『居酒屋兆治』のラストはこうだ。
幾つかの死があった挙句、大原麗子の死にも立ち会って。自らが営む居酒屋が看板になって、奥さんも先に家に帰り、店には健さんひとりきり。椅子に座ってしばしの黙考のあと、傍らの一升瓶を手にとってコップに酒を注ぎ、ひと息にそれを飲み干す。と、両目から涙がはらはらと零れ落ちる。
そこへ、健さんが歌う、加藤登紀子作詞・作曲の「時代遅れの酒場」が流れて …

人生、山あり谷ありと言いたげなラストシーンだが、凄い説得力。
両作品とも、これでもかとばかり感動を押し付け、泣かせにかかっているのだが、しかし、わたしが何度も泣いてしまったのは、その種の通俗的な手法に捻られたのはではなく、前田英樹の用語を借りれば、俗とは対極にある、健さんの「立派さ」に心打たれてしまったのだ。

誰なんだ、健さん。前述の歌が凄いんだ。原曲とはおよそ違う。音程も怪しい箇所がある。でも、それがどうしたと言わんばかりに、ドスンとくる。繰り返す。凄いとしかいいようがない歌声だ。

話変わって。
今週はダービーウィークだが、わたしの気持ちは暗い。だって、POGの他のメンバーの持ち馬は4頭も出走するのに、わたしの持ち馬、一頭も出ないのだもの。去年の今頃はキズナ出走で大盛り上がりだったのに …

まさに人生、山あり谷ありですな。わたしは泣くぞ。
トホホ。



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わたしはワイルドな女 - 2014.05.25 Sun

信号が赤になる前に横断歩道を渡ろうと、わたしはせっかちだ、急いで走ったら、
なんと足の軽いこと!
週に3,4回、8時前に起きたときには近所を一時間ほど散歩をしているのだが、
これはその成果だろうか?

そろそろとりかからねばと思っている戯曲に、日中戦争を闘った中国の老人を登場させたいのだが、
A級Mの俳優諸君のなかには、もちろん、そんなにお歳をめした方はいらっしゃらない。
どうしたものかとあれこれ頭をひねった挙句、思いついたのが、彼は時間をとめる秘法を知っている設定にすれば、
というもの。
アンチ・エイジングなんてやわなものではない、何度も死に直面するのだが、その度に秘法を駆使して生き返るのだ。
そしてその度に若返る。

なんてことを思いついて、久しぶりに録画していた映画を見る。
「ザ・フューチャー」。才気溢れるこの映画で、登場人物のひとりが、なんと時間を止める<魔法>を使うのだ。
この偶然に驚く。

30半ばの同棲している男女が主人公。奇妙な声のナレーションから映画は始まる。その声の主が猫だと分かり、ふたりのいかにも凡庸な日々の描写。ああ、若いひとが作りそうなよくあるヤツだと上から目線で見ていたら、前述の「時間よ、止まれ」のやりとりからスイッチが入る。
ふたりの声がいい。声質があっていて、台詞のやりとりがまるで上質の音楽を聴いてるような心地よさ。気のきかない形容を承知で書くが、そう、かのカーペンターズ思わせる?

登場人物は、このふたりのほかに、女が不倫関係になるおっさんと、彼の6、7歳の娘、それに、男は生きがいを求めて(?)、自然破壊を食い止めるべく苗木の訪問販売を始めるだが、珍しく彼を家の中に招き入れてくれた爺さんと、ほぼこの5人。例によって詳細なストーリーには触れないが、登場人物たちの設定と、彼等にまつわるエピソードがとてもいい。

爺さんは、愛する奥さんのために絵葉書にスケベな詩を書いていて、それが部屋いっぱいに飾ってある、とか。
不倫相手のおっさんは看板屋なのだが、彼は絵も描いていて、その中の一枚、娘を描いたものが、主人公たちが猫をあずけている病院の壁に売り物として飾られているのだが、なかなか買い手が現れず、そのことに娘が落ち込んでいることを知った男が、じゃ、僕がと手を挙げ、絵の裏側に連絡先が書いてあるから、いらなくなった電話してと、娘は別れ際に言い、部屋の壁に貼ってあるその絵がめくれ、落ち込んでいた女は、そこに書かれてあった番号に電話して、初めからそうなることが決まっていたかのように、おっさんと女の不倫が始まる、とか。

主人公のふたりが、<生きる意味>なんて大それたことを考えてしまうのは、ふたりが拾った不治の病の猫の命が、あと一ヶ月もつかもしれないと医師に言われたからで、その残された一ヶ月をいかに有意義に過ごすかと考え、男は自然破壊の抵抗運動にたずさわることにし、ダンス教師である女は30コのダンスを作ってユーチューブに投稿しようと思い立つ、なんてエピソードも。女はその試みが思うにまかせず、それもあって、見知らぬおっさんに電話をかけるのだ。
このありがちといえばありがちな設定がいい。

見終わって、これはいつか見たものに似ていると思ったが、それがなんなのか思い至らず、一日経ってようやく判明。
猫や月が喋る不思議な世界、通俗に陥りそうな流れを奇手ともいえそうな荒業で変転させる、風に揺れる草の葉のようにか細い主人公たち。そうだ、これは大島弓子や萩尾望都や高野文子らの少女漫画に似てるのだ。

監督のミランダ・ジュライは、この映画の主人公も演じていて、パフォーマーとして目下注目のひとであり、小説も書いているという若い女性(ウィキ調べ)。恥ずかしながら、全然知りませんでした。

不倫の事実を告白しようとする女を、「時間よ、止まれ」といって男がさえぎる。冒頭のシーンでは、ちょっとしたおふざけかと思わせるのだが、このラスト近くのシーンではほんとに時間を止めてしまう。そんな荒業にも驚かされたが、わたしがもっとも驚いたのは、物語の半ばを過ぎたあたりだったか、女がいきなりこんなことを言う。

「わたしはワイルドな女なの」と。

二本の指で簡単にへし折れそうな細っこい女にこんなことを言われたら、いやあ、男はなんと応えていいのやら。

<生きる意味>を問うという野暮なテーマを掲げながら、二枚腰三枚腰を使って必要以上に重くも暗くもしない手腕。
見事と言うほかないが、正直なところ、あと2回3回見ないとわたしの理解は行き届かない。

待て。わたしにそんな時間はあるのか? わたしに残された時間はあと …?








焦るから、間違える。 - 2014.05.19 Mon

人気デュオのひとりが違法薬物使用の疑いで逮捕される。
当人は否認しているようなので、事実関係は目下のところ不明だが。
この種の人々のこの種の<踏み外し>の理由としては幾つか考えられよう。

ひとつめは、驕り。人気者になると、自分はなにをやっても許されるのではないかと思ってしまうんですね、きっと。周りにはイエスマンしかいないし。結果、自分の本来の身の丈を見失って、巨大な存在であるかのように錯覚してしまう、と。

ふたつめは、この逆で、孤立感。人気の低落が焦りを生み出し、自分はもう見捨てられている、誰からも必要とされていないのではないか、という。この状況を脱するためには、かってのような売れる曲を作らなければならない、このスランプから抜け出すためなら悪魔とも握手し、クスリの力でもなんでも借りて …
哀れというほかないわけですが。

カフカがどこかで、ひとの過ちの大半は焦りがもたらす、というようなことを書いていましたが、まことに、おっしゃる通りで。

みっつめは、これも焦りからくるものですが、危険=スリルの誘惑。してはいけないことに手を出す、発覚したら命取りになる、そんなこと判っているのにやってしまうのは、それが堪らないスリルをもたらすからでしょう。そのスリルが、クスリの力と手に手をとって、落ち込んでいる気分を高揚させてくれるからでしょう。

破滅への願望もあるかもしれない。破滅してしまえば、かっての栄光の幻影から自由になれる、という。

これとは違うけど、似たような事例が。
もうずいぶん昔の話だけれど。いい歳をしたおっさんが、車内で女子高生に痴漢行為をしてつかまった。このひと、TBSの重役に近々昇進することが決まってたひとで、こんなことが発覚したらすべてがパーになることは、分かりきったことなのに。女子高生のからだに触れることから得られる快感と、ようやく手に入れた栄誉と、秤にかけたらどっちが重いか、冷静になって考えれば分かるはずなのに。
彼はその時、冷静な判断力を失ってたわけじゃないと思う。そうではなくて、重役になるというプレッシャーに耐え切れなかったのだと思う。つまり、自分はその任ではないのではないかと思い、必ず自分は失敗して、遠からずその座を追われるはずだと思い、そんなことになるのなら、そうならない前に自分でそうしてしまおう、と思ったのではないか。
フロイトが<破壊衝動>みたいなことばを使って、こんなことを説明してましたが。
人間はほんとに変な動物だ。

彼の活動も彼自身についてもほとんど知らないし、なんの興味もないのだけれど、歌を作り、その歌を歌うのが好き、楽しい、ということが彼の出発点で、<売れる>などということは、それに付随するものに過ぎなかったのではないか。
原点に戻ればいいのに。
売れなくてもいいのではないか。一生働かなくても十分食えるだけのお金もあるのだから、多分。
横尾忠則じゃないけれど、隠居宣言でもして、好きなことだけやってればいいんですよ。
チヤホヤされたあの時代が忘れられない? でも、そのチヤホヤは自由と引き換えだったわけでしょ。

昔、黒木(和雄)さんがこんなことを言っていた。
曰く、業界の人間はほんとに判りやすいんですよ。人気がある時にはね、テレビ局なんか行くと、廊下の向こうの方から、ドーモドーモなんて言って手もみしながら飛んでくるんですけど、ちょっと仕事してない時期が続くと、その同じ廊下をね、同じ人間がですよ、わたしを見つけると、すっと脇に逸れてどっかへ行っちゃうんです。

寂しいと、自分に近づいてくる人間なら誰でもいいと思うのかもしれない。自分のまわりにいた人間が、ファンも含めて、次々といなくなったりすると、「クスリあるけど?」なんて近づいてきた人間が神様みたいに思えたのかしれない。

ひとの弱みにつけ込む悪いやつ、最低だな。








忘れられる過去 - 2014.05.13 Tue

月に一度は本屋を回らないと、古い映画ばかり見ていては脳軟化症になってしまう、というわけで四条河原町に出る。

これは以前にも書いたか。学生時代に、京都の大学に行っていた高校の後輩のところに、シナリオの取材と称して、一ヶ月ほど居候していたことがあった。暑い夏。いろんなバカをして過ごしたあの一ヶ月は、もしかしたらわたしの人生の中でもっとも輝かしい一ヶ月だったかもしれない。
後輩の住まいは御所の傍にあって、大家さんは小林さん。そのことだけは覚えていて、ずいぶん前にあれはどこだったかと探したが判らなかった。

それから20数年後。あの時は結局2週間ほどいたのか。黒木和雄さんに、「浪人街」のシナリオの手直しのために京都に呼ばれた。あれも夏。呼んだ黒木さんも呼ばれたわたしも、せいぜい3,4日で終わるものと思ったら、ここもあそこも直さなければならない箇所が次々出てきて。
そのときは、NHKのラジオドラマの締切も迫っていて、「浪人街」は一時中断して、NHK福岡へ移動。お盆のころで新幹線の指定席がとれず往復立ちっぱなし。おまけに、福岡では3日・72時間! 一睡もしないで書いていて、あれやこれやが、生まれつき悪い腰を一撃。京都に戻って、ホテルから近くの本屋に出かけたその途中、腰の痛みで歩けなくなり、そのうち立ってもいられなくなり、そして救急車で病院に運ばれて ……

あの本屋は京都書院だったか、駸々堂だったか。その思い出の場所へ行こうと思ったのだが、あるはずの場所にそれがない。ずいぶん歩き回ったのだが、見つからない。それに、逗留していた京都ホテルも。
家に帰ってネットで調べたら、ホテルも本屋もみんなずいぶん前になくなっていた。そう、寺町通りに軒を接するように並んでいた古本屋もいまは、櫛の歯が抜けたようになっていて、というか、まあ実際は、抜けたあとには飲食店などが入って、そんな事実はなかったようになっているわけですが ……

文字通りの骨折り損のくたびれ儲け。まあ、久しぶりの京都見物になったけど。ついでだからと八坂神社に行ってしまった。そう、いい運動にもなった、だって4時間以上歩いたのだもの!

地下街にあったふたば屋で買い求めた本は、文庫本2冊。荒川洋治の『忘れられる過去』とマルケスの『誘拐の知らせ』。それとブック・オフで横尾忠則の新書『隠居宣言』。それに、本屋で見つけてネットで買うことにした深沢七郎に関する本で、ああ、もうタイトルを忘れてる、確か「寂しいことはいいことだ」というような …

映画『傷だらけの人生』。例によって例の如く、見たということは記憶にあるが中身のいっさいを忘れてしまっていた。
でも、よく出来た映画、というか、ちょっと風変わりなやくざ映画だ。

冒頭、兄弟分の鶴田浩二と若山富三郎が飲み屋で酒を酌み交わしている。と、辻占売りの親子がやってくる、子供の方は、6,7歳の少女だ。最初に彼等ふたりと少し離れたところで飲んでいた鶴田の子分のほうに、買ってくれと近づくと、「うるさい」と怒鳴られる。と、鶴田、一喝、「買ってやらんかい!」。それから鶴田は、女の子が、家を出て行ったまま音信不通になっている父親を探していると知ると、可哀そうになと財布ごと彼女にお金を渡す。
それを見た若山、「ああ、兄貴も父親、捜してるさかいに、ひとごととは思われへんのやなあ」という。
鶴田の父は、彼が母親のお腹にいるときにいなくなっていて、だから彼は、父がどんな男でどこにいるのか、名前さえも知らないのだ。母に聞いても、いまのお父さんで十分やろと教えてくれない。

鶴田には3人の<父>がいる。前述の血のつながった実父、彫りもの師である育ての父、それからやくざの組の親分と。このメインストーリー(=鶴田の父親探し)が、映画が始まって10分足らずで明らかにされるのだ。なんという段取りのよさ。たちまちのうちに物語の中に引き込まれる。
全体のストーリーは、例によって例の如くのもので、実父がなんと彼の組と敵対している組の親分だったという種明かしも予想通りだが、その事実が明らかになった後、鶴田が、とことん悪い実父(演じるは、わがエンタツ氏!)に、近々予定されている花会(大々的な博打の大会)は、従来通り、自分の組にまかせてほしいと願い出る場面、緊張感が漲っていて、素晴らしい。
エンタツ氏は、奈良の生駒に組を抱えていて、やくざになって以来ずっと、この花会をとりしきって、大阪を配下に治めるのが彼の夢、横車を押していることは重々分かっているのだが、はいそうですかと譲るわけにはいかないのだ。ここらへん、シナリオがうまく出来ている。

監督は小沢茂弘。東映一筋のB級映画の巨匠だ。先に挙げた場面、相対する鶴田とエンタツ氏を、カメラをふたりの間に置くのではなく、エンタツ氏の側に置いている。つまり、主役の鶴田の表情・芝居を主にして撮っている。主役をいかに立てるのかが、B級監督のテーマなのだ。
じゃ、脇役には手を抜いてるかというと、そうじゃない。翌日見た同じ監督の『渡世人列伝』では、天津敏以下数人の悪党たちを全員スキンヘッドにして、なおかつ、親分の天津のスキンヘッドには蜘蛛の刺青を入れさせているのだ! もの凄く怖い!

一世を風靡した東映やくざ映画(ブーム)は、尾崎士郎原作・沢島忠監督・鶴田主演の「人生劇場 飛車角」から始まったというのが通説になっているが、そうじゃない、小沢茂弘の『博徒』こそその火付け役だったのだ。
小沢へのインタヴューをまとめた『困ったやっちゃ』で、この本の著者、高橋聡がそう語っているのだが、わたしも同感で、『人生劇場』は、単にやくざが主役の通俗的といっていい、よく出来たメロドラマだが、小沢の映画で初めて、リアルな賭場、リアルな盃の儀式等々が明らかにされ、それに驚愕した観客が映画館に押し寄せ、ブームとなったのだ。

ま、ドーでもいい話ですが、間違いはちゃんと間違いとして糺しておかないと。

それにしても。ふたば屋さんの入ってすぐのところには、あたかもキャンペーンをはっているかのように、<本の楽しさ、読書の悦び>を訴えるような本が並んでいた。
いまや本屋も出版社も絶体絶命に追い込まれている。だから必死なのだ。でも。あと10年もしないうちにきっと、この本屋さんも京都書院や駸々堂みたいになくなってしまうのだろう。

なんか切ないね。





泣いて、そして、笑うのだ - 2014.05.07 Wed

夜明けの夢。元秘法メンバーで現POGメンバーの岩本に、長野が亡くなったことを伝えようと思うのだが、なかなかことばが出てこず、嗚咽してしまったところで目が覚める。

寺山修司というひとのわたしの評価は、世間のそれよりずっと低いが、競馬エッセーに関するそれだけは別だ。

あなたは競馬が好きだというけれど、結局のところ、馬券の収支は平均するとプラスなんですかマイナスなんですか、と友人に聞かれて、彼は激怒し、あなたは自分の人生を平均して、泣いたことになるのか笑ったことになるのか、そんな風に考えるのかと応えたという。

確かにその通りだが。長野の人生を考えてしまう。彼との付き合いは2年にも満たない(多分)短いものだったが、結局彼は、泣いたのか笑ったのか、と。そして、わたしの人生も。もうそれほど長くはないのだろうが、結局、泣くのか笑うのか、と。

稽古場で、彼にも言ったことがあったかどうか。色を混ぜるな、と。泣き笑い、泣きながら笑おうとするな。泣いて、笑うか、笑ってから、泣くか。どっちかを選べ、と。

この一週間ほど、新作のラストをどうしたらいいかでずっと悩んでいたが、主人公の死でしめくくることにする。
自分の身辺雑記から、そして、社会の分かりやすい動向からも遠く離れて、出来うる限り虚構の度合いの濃いものを書きたいといつも考えているが、身体レベルではそうはいかない、日々の呼吸が作品に反映しないわけがない。
先の結論はもちろん、長野の、わたしにとっては唐突きわまりない死によって、促されたものだ。

しかし。他人の死をエサにする。普通の人々ならこんなことはしないだろう、外道以外は。



こんなことがあるのか …?! - 2014.05.07 Wed

6日、水沼夫妻、我が家に来訪。奥さんにホームページの作成をお願いしていて、内容をどうするか、水沼氏経由の電話やメールでは、わたしが用語等まったく理解出来てないので、申し訳ないけど直接お話を、ということにしたのだ。

これまでわたしが書いた戯曲のリストを載せることにし、どうせ作るなら詳細なものをと考え、単行本には入ってないけど、雑誌には掲載された何本かの戯曲の掲載号をネットで調べていたら、思わぬ情報が目に入る。
昔、秘法に所属していた長野がなんと、大学の先生になってて、本も出しているというのだ。

長野隆之。札幌の高校の演劇部出身。全国大会にも出たと言っていた。はっきりと覚えていないが、高校卒業後、大学にはいるために上京。しかし、演劇を諦めきれず秘法に入団。俳優兼演出助手として、『バラバラ「百頭女」殺人事件 迷宮』に参加も、多分この公演のあと、大学に行きたいということで退団。いや、この次の結局これが解散公演となった「ひまわり」にはスタッフとして参加していたかもしれない。
そうだ、「百頭女」の次回作を、当初は「忍者の娘」というタイトルの作品を予定していて、その宣伝のために「忍者通信」という新聞(?)を何度か発行し、彼はその編集長だったはずだから …

やめた後、他の劇団員から「大学の同級生達から、おっさんと呼ばれているらしい」という話を耳にしたことはあったが。彼は老け顔で、しかも大学入学時には25、6歳になっていたはずだから、そりゃ言われるわなとみんなで笑ったりしていた。
あれから20数年を経て、まさか大学の先生になっているとは! 頑張ったんだな、エライぞ、長野!

近況を知りたいと思い、長野隆之で検索し直してみたら、なんと、彼の訃報が載っていた。
一昨年の12月に亡くなったらしい。

そんなバカな! ドラマでもあるまいし。


これも奇遇というのか、藤井先生という、わたしが3月まで勤務していた近大文芸学部・文化歴史学科の先生と一緒に、何年か前に学会で発表をしたことがあるらしいことも判明。
藤井先生とは、学部の就職対策委員として一緒に仕事をしたこともあった。先の事実を知っていれば、長野のこと、あれこれ聞けたのに …

長野は自分の公的な経歴に「秘法零番館に所属し …」などと書いていて、だから「秘法…」の検索にひっかかったのだ。
民俗学研究者のキャリアにはなんの関係もないのに、書きますかね、フツーそんなこと。
それが嬉しくまた切なくて …

わたしの辞書には「反省」とか「後悔」なんてことばは載っていないのだけれど、こんなあんまりな事実を突きつけられると …

卒論のタイトルは、『語られる民謡ー歌の「場」の民俗学』。単行本のタイトルは、「民謡の場をめぐる民俗学的研究』。
宮澤賢治の研究もしていたらしい。ご教授願いたかったが、もういない。
去るものは追わずという<わたしの生き方>がうらめしい。

胸ふさがるる思いとはこのことだ。





われいまだ修業中の身ゆえ …… - 2014.05.05 Mon

今日は天皇賞。待ちかねていたぞとばかりに京都競馬場に行く。
家を出て30分足らずで競馬場に到着。分かっていたけど感激!
淀駅から競馬場に着くまで、徒歩で5分強。途中に歴代の名馬のポスターが。どこの競馬場もそうなっているのだが、久しぶりに、「大王降臨 キングカメハメハ」なんてポスターにウルッとしてしまい。

予想してはいたのだが、人出の多さに驚く。パドックなど人間の山盛り状態。馬なんか見られやしない。すぐに家でテレビ観戦してた方が …と思ったが、バカ、競馬場に近いというんで伏見桃山に引っ越したんでしょ、と自らにダメだし。

大観衆になったのは、GW中ということももちろんあるのだが、やっぱりメインの天皇賞に役者が揃ったからだ。とりわけキズナ。いまや客を呼べる大スター。わたしのキズナがなんだか遠い存在になってしまったなあと一抹の淋しさを感じつつ。でも、馬場に入って来て、正面の大型テレビにその雄姿が映し出されると場内からウォーという大歓声。ここでまたウルルと ……
しかし結果は ……

今更ながら競馬は難しいと実感。絶対と思われたキズナが4着、まさかホッコーブレーブなんかの後塵を拝するとは!

敗因は? キズナの敗因はやっぱり3千2百という距離に適性がなかったのだろう。そうとしか思えない。
そしてわたしの敗因は? これも久しぶりの競馬場で、なおかつ大観衆、その熱気に煽られて冷静さを失ってしまった、これに尽きますな。すっかり舞い上がってしまって、買うべき馬券を買わず、買う必要のない馬券を買ってしまった。

レース終了直後、誰かが(多分おっさん)、「蛯名は頭がええんや!」と叫びました。蛯名とは勝ったフェノーメノに乗ってた騎手の名前。
確かに。こんな大観衆、こんな大レースでも普段通り、馬と自分の持てる力を発揮できる蛯名に比べて、わたしときたら ……
まだまだ修業が足りない。今日はこのことを学ばせてもらいました(泣)。

大学をやめてからずっと、毎日が日曜日みたいな生活をしているのだが、今週は …
火曜には大宮から姪が遊びにきて、水曜は神戸から西さんが戯曲のお勉強に来て、木曜には東京から、わたしの芝居に何度か出演してもらった志甫さんが、赤ちゃんを抱いてやって来て、金曜は仕事で京都に来た柄本(明)さんと久しぶりに酒を飲む。
柄本とさんと会うのは何年ぶりになるのか。多分今世紀に入って初めてではないか。それでも10年以上にも及ぶブランクがなかったみたいに、あれこれ話がはずみ、5時半に会って二軒目のバーを出たのは12時を過ぎていたから、なんと7時間も話し続けていたのだった。
ま、久しぶりということで積もる話もあったということではあるが、いくら久しぶりだって話が続かないひとは続きませんからね。そういうひとがいるということは、ありがたいというほかないわけで。

なにごとにもタイミングというものがありますね。柄本さんと岩松さん。いまは疎遠になってしまったこのおふたりと初めて会ったのは、多分80年代の終わり。劇団でやっていた芝居にわれながらもうひとつ納得がいかず、でもその打開策が見つからない。ふたりにあったのはそんな時で。まさに目から鱗でありました。
その時より早くても遅くても、多分、おふたりに対していまもわたしが持ち続けている敬意は生まれ得なかったろう。彼等が当時、東京乾電池でやっていた芝居の革新性を理解出来ず、いやそれどころか、強い反発さえ感じたはずだ。
ラッキー! というほかない。

久しぶりに会ったものの、ふたりともなじみの店があるわけではなく、ということで、これまたずいぶん昔、故・黒木和雄さんから、戦前の映画監督・山中貞雄を主人公にした映画のシナリオを依頼されたことがあり、その取材で、山中やマキノ等、いわゆる鳴滝組の連中が足繁く通った「なる瀬」という小料理屋に行ったことがあり、そこへ行くことに決定。
しかし出かけてみたら、もう代替わりをしていて、でもいいでしょ、ということで中に入る。
こういうのも奇妙な偶然、というのか。そう、このブログで散々マキノ映画のことを書いていたら、こういうことになるのですからねえ。
柄本さんが久しぶりに電話をかけてきたのは、劇団の若いひとたちが近々、わたしが昔書いた「溶ける魚」をやるということで、ついては演出をと、柄本さんにお願いしにきたと。でも、戯曲の真意がよく分からないので、ちょっとわたしの話を聞きたいと、そういうことだったのだ。
ここらへんも、柄本さんらしい。謙虚かつ真摯というんでしょうか。恥ずかしいとか面倒くさいとか、そんなことは言わずに、分からないことは分かっている(らしい)ひとに聞く。調べる。骨身を惜しまない。いまや稀代の名優なのに、偉いなあ、柄本さんは。

そこを出て、もう一軒行きましょうと、柄本さんが知っているという、場所がどこだったのか、10分くらい歩いて小さなバーへ。
そこは、それこそカツシン氏もよく顔を出していた、映画・演劇の関係者の間ではよく知られているところらしい。多分70代後半と思われる、とても感じのいいマスターひとりの店。その話しぶりから、映画好き芝居好きであることはすぐに分かったが、他のお客が帰って私たち3人だけになって、あれこれ話をしているうちに、このマスターがただものではないことが判明。
ただの映画好き・芝居好きではなかった。歌舞伎からアキ・カリウスマキの映画まで、とにかくよく見ている。なんでも知っている。火水木のお昼は映画を見る。土・日は芝居。これをもう何十年も続けているというのだ。な、なんというひと! 
作品あるいは俳優に対する寸評も、わたしなどが偉そうにいえる相手ではないのだが、もの言いは柔らかいのだが、実に的を射ている。前回書いた、NHKの「カツシン」も見ていて、わたしと同様の感想を持ったらしい。「自分とカツシンさんの違いがわからへんのですからなあ、あきれましたわ」と。

巷に隠れた偉人あり。勉強させていただきました。ありがたや、ありがたや。





カツシン! - 2014.05.02 Fri

「ラストデイズ」。俳優のオダギリジョーが、ずっと気になっていたらしい勝新太郎の足跡を、関係者等にインタヴューしながらたどるテレビ番組。
さすがにNHK。「情熱大陸」などとは違って手間隙かけたであろうことはよく分かったが、しかし。
美談を歌い上げるナレーションが面映く、時折挟まれるオダギリのコメントがどうにも薄っぺらで、終始イライラする。

「勝さんって、純なひとだったんですね」。オイコラ、お前は女子高生か。

かてて加えて、「ぼくも勝さんと同じように ……」を連発。この野郎、カツシンときみは同格か?
そう思ってるのならはっきり言ってやる。月とすっぽん、いや、太陽ともぐらくらいかけ離れてる、実績はもちろん、俳優としての力量も。
ほんとに見てるのか勝さんの映画を。きみの代表作ってなんだ? 「ゆれる」か? それ、「座頭市」シリーズの何本かの秀作と比べて、遜色ないとほんとに思ってるのか? だとしたら …、これ以上書くとわたしの品位が疑われるからやめておくが。うん? もう疑われてる? 

勝さんのことは確か前に一度ここでも書いたことがある。わたしの目と鼻の先で一時間くらい、ある芝居の最初から最後までを、ひとりで何役も演じて見せてくれたこと。そんな、これ以上にない至福の時間をいただいたのに、結局、勝さん主演の芝居の演出を断ってしまったこと。申し訳ないです …

この種の番組でまずいのは、事実関係を歪曲していること。
先週であったか、民放のBSで森繁久弥をとりあげた番組でいい加減なことを言っていた。曰く、彼は喜劇も悲劇も出来る役者だったと。ここまではいい。でも、喜劇の代表作として「社長シリーズ」をあげ、悲劇の代表作として「夫婦善哉」をあげていたのだ。「社長シリーズ」が代表作というのもどうかと思ったが、「夫婦善哉」のどこが悲劇なのか。バカも休み休み言いなさいって話だ。この番組の関係者、誰も見てないのだ、きっと。

今日見た(正確には昨日)勝さんの番組もそう。もちろん、時間の制約もあるのだろうが、それまでまったく人気の出なかった勝さんが「座頭市」に出会って演技開眼人気爆発という、明らかに事実を歪曲したストーリーをでっち上げてた。

こういう「分かりやすさ」をメインに押し出す番組作りが、「佐村河内問題」を引き起こしたのだ。

わたしが指摘するまでもなく、こんなことは多くのひとの知るところだが、「不知火検校」(傑作!)で盲目の極悪人役を演じてヒットを飛ばし、それが「座頭市」の企画につながったのだし、また、「悪名」の大ヒットで彼は「座頭市」が作られる以前にすでにスターの座にあったのだ。

勝さんはもちろん、日本の映画史・芸能史に残る名優だけれど。晩年の、とりわけ「座頭市」は正直辛い。
座頭市は、その主題歌にもあるように、お天道様に当たらぬよう、裏街道を歩かなければいけないと考えているやくざで、なおかつ、盲目であることもあって、社会から二重の差別を受ける、哀しいひとだ。が、晩年の勝さんは見た目も太って貫禄たっぷり、おまけに、その演技もとてもうら寂しい人生を歩んできたとは思えない上から目線。だから、当初の作品にあった、捨て身で目明きどもと闘う、ギリギリの勝つか負けるかという切迫感がまるでなくなり、もう見た目からして、あんなへなちょこどもに負けるわけないじゃん、になってしまった。

晩年の勝さんにふさわしい企画、どうして誰もたてられなかったのか? システムが違うとはいえ、C・イーストウッドのところには、こんなのはどうかと今でも何十本も企画やらシナリオやらが送られてきてるというのに。なんて貧しいんだろう、この国は。

享年65歳と知って驚く。いまのわたしより若かったなんて。

10億を超える借金のほか何ひとつ残さずに死んでいった病室に残されたのは、座頭市で使った仕込み杖3本だけであったらしい。このエピソードにはちょっとウルッとなりました。


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