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2013-05

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生きていく力 - 2013.05.29 Wed

先週日曜お昼過ぎ。推定平均年齢58歳のオヤジ4人池袋の拙宅に集結。
なんのため?決まってるじゃありませんか、ダービー、ダービー。
全員われらがPOGメンバー。ダービー当日は、一年間の各自の持ち馬の獲得賞金の精算日となっている。
わが愛馬キズナ、レッドレイブン、それにキズナとともに4強の一角を占めるSさんの持ち馬エピファネイヤが出走する。勝てば一着賞金2億円の1万分の1、即ち、2万円が他のメンバーから支払われることになる。Sさんとわたしはもちろん、それぞれの持ち馬を応援、他のふたりはエピもキズナもレイブンも来るな来るなと祈ってる。

パドックのキズナは、ここ2戦と同様、わたしの目には80%の出来と見えた。去年京都で見た生キズナはもっと張り詰めた馬体をしていた。もっとも目を引いたのが皐月賞馬ロゴタイプで、その次によく見えたのがまったくの人気薄テイエムイナズマ。かってわたしは、POGでディープインパクトを所有していたが、ディープの兄弟馬でテイエムの父のブラックタイドも持っていたのだ。

ゲートが開く。スタートの出遅れを心配していたキズナ、ちゃんと出る。この時点で勝算80%。例の如くエピは騎手と折り合いがつかない。一方、キズナは道中もスムーズに、そして直線に入るや鞍上の武豊は馬を大外に回す。横一線に10頭くらいが広がる。来た! この時点で勝ちを確信。ヨシッ!ヨシッ!ヨシッ!と竹内、お隣さんの迷惑も省みず、大声で連呼。

はい、勝ちました。愛馬のダービー勝利はキズナの父ディープに続いて2頭目。去年のドラフトでは1位で獲った馬なので、嬉しさもひとしおだ。ま、例の如く、馬券は外してしまいましたが …
ちなみに、テイエムイナズマはオークスのティアーモと同じ6着。残念至極。

キズナ、順調なら10月にはフランスに渡って凱旋門賞に挑戦の予定とか。うーん、そうなったら応援に行っちゃおうかな。

さあ、今週からは2歳馬のレースが始まる。近々、POGのドラフト会議が開かれる。なんと短い一年!

今年はダービー80回ということだったらしいが、ということは、100回まであと20年。うーん、生きてたいな、それまでなんとか。
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ひとは努力を運という - 2013.05.22 Wed

先週のオークス。4分の2の確率だった抽選をくぐり抜け、愛馬ティアーモ、めでたく出走にこぎつける。
パドックの状態、ひいき目でなく、文句なしのベストルッキングホース。牝馬はふっくらしてた方がというのが定説だが、彼女の場合は引き締まったアスリート系の馬体。もちろん、筋肉ムキムキじゃなく、女子のスプリンターで、美し過ぎると言われてる市川ナントカみたいな感じか。
結果はスタートから5,6番手につけ、着順も6着。これといった見せ場もなく、テレビの前で「ティアーモ!」と叫ぶ間もなく終わってしまったが、ここまでわずか2戦と出走馬の中ではもっともキャリアが少なく、また、先行馬総崩れとなった不利な展開の中で、粘って6着は大健闘といえる。ひと夏越して、体重を10~20キロ増やすことが出来れば、秋は大仕事が出来るかもしれない。楽しみだ。

今週はいよいよダービー。POG持ち馬のキズナ、レッドレイブンと2頭出し。万歳!
天皇賞、有馬記念、ジャパンカップと他にも大きなレースは数あれど、やっぱりダービーは特別だ。おそらく、生産者、馬主、調教師等の競馬関係者は、その馬が生まれた時から、ダービーから逆算して、育成やら調教やら、どういうステップを踏んでダービーに臨むかを考えている。3年がかりの計画の総決算がダービーなのだ。そんな、みんなが出走させたい、勝ちたい、勝たせたいと思ってるダービーに、わたしの持ち馬10頭の中から2頭も出走するなんて、夢のようであります。無事これ名馬という言葉もあるように、いくら強くたって故障で出られない馬もいるし。そう、オルフェーブルの全弟のリアンドファミーユは2歳時、圧倒的な強さを見せてましたが、結局故障していまは休養中ですからね。
今回のタイトルは、キズナの生産者の前田氏が競馬雑誌のインタヴューの中で語っていた言葉。馬に大きなケガ・故障させないというのはやっぱり関係者の努力の賜物であって、それは運というひとことで片付けるのはいかがなものかって意味ですね、多分。

先週、大阪で退屈きわまりない芝居を見る。まことに浅はかな<文学>趣味に彩られた代物。これほど退屈な時間の過ごし方がほかにあろうかと思いながら見ていた。演出も演出だが、台本を提供した作家も作家だ。3本の短編。いずれも覇気がなく、頼まれたから書きましたけど…的な出来上がり。
つきあいか? ショーモナイ! こういう手合いは、多分、芝居なんて一つ二つのアイデアがあれば出来ると思っているのだろう。こういう甘えが許される、許しあってる土壌・環境が最悪だ。

これまでも何度か書いたが、こういうひと達の視野の中には、世の中には芝居以外にも、それこそ競馬とか、サッカーとか野球とか、その他もろもろの楽しい面白いものがいっぱいあるという事実が入っていないのだろうか?

分からない、こういうひと達の頭の中身が。多分、無知というより無恥なのだろうけれど。

<文学>のこみちは「美談」に通ず - 2013.05.15 Wed

先週末、広島方面へひとり旅。あいにくの雨。尾道で一泊。映画資料館なるものあり。雨の中出かける。
少々がっかり。ネットでは、小津映画に関する資料がどっさり、みたいなことが書かれてあったが、うーん。入館料500円だからあまり無理も言えないんだけど。正直、みんなネットで確認出来るようなもの。
多分、維持をするのにギリギリの財政状態の中でやってるとは思うけど、市のバックアップとかないのかな? ここに来るために遠くから尾道に来る、くらいのことにしないと、どんどんショボルだけだと思うけど。無理なんだろうなあ。館内のあちこちに映画のポスターが貼ってあって、好事家の寄贈かと思われるが、貼ってあるだけで、テーマとかないしなあ ……
翌日は、雨止むも曇り。千林寺ロープウェイで頂上まで。美術館でルオー展をやっていたので見る。悪戦苦闘の歴史が見てとれて、なるほどと頷く。頂上は公園になってる。「文学のこみち」なんてのもあった。でも、こみちなんて可愛いものじゃなかった。下がぬかるんでたこともあったのだが、こんなところを通れというのか、と言いたい箇所幾つかあり。なんで文学かっていうと、途中、尾道に来たらしい文人たちの尾道について書いた詩やら短歌やらの石碑があるのだ。それだけ。
なに、石碑って! 
いったい誰がこんなもん見て喜ぶの? なんでそんなもん立てるわけ? 立てられたひと、嬉しいわけ? 立てることがそのひとに対する敬意の証になるわけ? 石碑読んで、そのひとの作品を読んで見ようというひとがいるんじゃないかって期待してるわけ?
下りは歩き。公園のあちこちにこっぱずかしい名前をつけられた場所あり。例えば、「白いじゅうたんの丘」とか。誰がつけたのかしらない。多分、白い花が咲いてその丘がじゅうたんを敷いたみたいになるからそう命名したんでしょうが。そういう状態を「白いじゅうたん」と見る、呼ぶ、そういう通常の感覚に照らせばちょっと恥ずかしいような、でも、分かりやすく俗っぽい修飾語・句からなるもの、それを多くのひとは文学と呼んでいるように思われる。改めてそのことが分かったような気がした。

むろん、それは<文学>であって文学じゃない。

ところで、どーなってんだ、あまみゆうき降板劇の真相は。おかしくないか? 楽日まであと4ステージしかなかったのに。普通、公演中止でしょ、こころある作り手ならばそうするでしょ。
卑しいわたしには、結局カネか? としか思えない。中止によって生じる欠損を避けたいと思ったとしか。
しかし、どのくらいの制作費がかけられたのか知らないが、4S分の減収は、せいぜい3千万くらいでしょ。もちろん、小額とは言えないけれど、再演すればお釣りがくるくらいの収入が期待できるんじゃないの? うん? 芝居がくそ面白くないから、いまやっとかないとってこと?

相変わらずマスコミは甘くて、当然の疑問にはまったく触れず、宮沢ガンバッタ! みたいな、要するに美談でまとめてる。

まあね。火事場の馬鹿力ってあるし、そもそも芝居はそんな力まで総動員しないと出来ないものだとわたしは思ってるから、2日の稽古でも出来てしまうことはよく分かる。わたしもそんなこと何度かあったし。ま、わたしの場合はホンが書けなくて…ということだったんですが。
滅多に見られないものを見たということで、客も満足して帰ったのかもしれない。でも、客が満足すればそれでいいのかって考えもある。先にも書いたように、演出家・スタッフ・他のキャストはは2日しか稽古してないものを見せていいと思ってるのか。いけない、恥ずかしい、と思わないのかという …
どうなんだ、野田秀樹! 
今度のことを容認したら、客をというより、芝居をなめてるって言われても仕方ないんじゃないのか?
ひょっとして、アレ? きみも「美談=<文学>のこみち」派なの? 

ああ、そうだったんだ。

訂正及び追記 - 2013.05.09 Thu

修正とお詫び
①前回だか前々回だか、WOWOWでみゆきさんのコンサートを見たと書き、それは7年前のものだと書きましたが、5年前でした。すみません。

②2ヶ月ほど前ですか、西村昭五郎の「競輪上人」は傑作で、もう一本、「帰ってきた狼」も青春映画の傑作だと書き、印象深いワンシーンについて触れましたが、オオチガマイでした。
偶然にもというのか、幸か不幸かというのは、CSのチャンネルNECOでそれが放映され(一ヶ月前くらい?)、見たらかなり違ってた。ジュディ・オングの二の腕に蝶の形に切り抜いた紙を置いたのは、帰ってきた狼=山内賢ではなく、ジュディと幼馴染の蝶マニアのお坊ちゃんでした。山内賢も、ジュディの家の使用人の息子というのは真っ赤な嘘で、舞台になってる町(葉山・逗子あたり?)に久しぶりに帰ってきたムショ帰りでした。彼はハーフで子供の頃、イジメの対象になってて、それでぐれて、心ならずも札つきになって ……という設定でした。そんな男にお嬢さんのジュディが一目ぼれし、密かにジュディを恋していた蝶マニアがそれに絡んで ……というお話でした。詰まらない映画じゃないけど、激賞するほどでもなかったな、というのが再見の感想。スミマセン。

追記

①「吉原百人斬り」がなぜ怖いか。破滅への角度が、物語の半ばからどんどん急になるのです。で、なおかつ、主人公があたかもそうなることを望んでいる気配があって、それが怖いのです。
真面目な人生を送ってきた。でも、この先になにがあるのか? なにもないじゃないか。
こつこつと貯めてきた財産をとめどなく女に貢ぐ。一方、冷害で桑の葉が壊滅、ために、蚕が育たず、となれば絹織物の生産は叶わないという思わぬ苦難がふりかかる。最後の金策のために江戸へ行くが思い叶わず、吉原に行くと、女の花魁道中に出くわす。そこで耳にした店の主人たちの男への蔑みの言葉。いわく、「あの化け物に女が惚れるわけがない。ハ、ハ、ハ ……」

町人である主人公が刀を持っていたのにはわけがある。彼が捨てられたとき、一緒に刀と手紙があって、それには、もしもこの子のことでお金が入用になった時には、この刀を売って ……と書いてあり、ということは、これはよほどの名刀だと、売ってお金をと思ったところが、確かにこれは名刀だが、この刀を所有すると必ず祟りがあるといわれている名刀で、だから誰も買ってくれない、と。幾重にも不幸と絶望が重なる仕掛け。話がうまく出来てます。脚本は、溝口健二と名コンビを組んだ依田義賢。ですから、まあ、確かに主人の言葉を聞いたのが直接の引き金となって<百人斬り>になるわけですが、それは持っていた名刀=妖刀がもたらした祟りだと言えなくもないわけです。

彼には明日がないというか、明日に夢なんか描けない。いまわたしたちがかろうじて生きていられるのは、簡単にいえば、明日いいことがあるかもしれないというかすかな幻想をもってるからでしょ。でも、そんな幻想を持つことが出来なくなったら、それこそ、大澤真幸言うところの現実逃避、つまり現実へ逃避(現実からの逃避でなく)するしかないわけで、彼の酷薄な現実とは、「あの女を殺して自分も死ぬ」以外にないわけです。このご時勢、なんとも身につまされる話じゃありませんか。

②改めて「みゆきさんのコンサート」を見直す。終始背筋が伸びてる、その立ち姿の美しさに感動。それに挑発的な歌詞があいまって、保坂和志の、新刊「考える練習」での左翼的言動には正直驚いたが、みゆきさんもやっぱり左翼だったと、更に感動してしまったのだった。

キズナだ~! - 2013.05.07 Tue

先週土曜、「ダービーへの試走完了!!」と実況アナウンサーを絶叫させた、わが愛馬キズナ。父・ディープを思わせる豪脚を見せて、直線最後方から全馬まとめてごぼう抜き。久しぶりに興奮しました。ま、馬券は外してしまいましたけど。そんなの小さい、小さい。
で、その余勢をかって、ケン・ローチ「天使の分け前」を見に銀座へ出かける。ああ、久しぶりの銀座だなあとぶらぶら歩いてたら、開演時間ぎりぎりに。急いで映画館受付に行ったら、満員で入れないという。え、ケン・ローチってそんなに人気があるの?!

その上映館(名前失念!)が、これで幕引きになることもあるかもしれないし、また、イギリスではローチ映画では異例の大入りだったらしいから、その評判を聞きつけて来たひともいるのかもしれない。それにしても、約200席が埋まるなんて。大阪では上映されてないマイナーな映画なのに ……

劣悪な環境に生まれ育ったせいであろう、ずっとアウトローと呼ぶしかないような日々を送ってきた30前後の男が主人公。彼が障害罪で起訴されその裁判から物語りは始まる。判決は、ひとことで言えば情状酌量で実刑を免れ、そのかわり、300時間の社会奉仕を命じられる。
彼には彼女がいて、その彼女が出産間近。これをきっかけにして真面目に生きようと思うけれど、障害をおわせた相手とは昔から顔を見れば殴りあうような犬猿の仲。こいつら(複数)に常につけ狙われているし、彼女の出産に立ち向かうべく病院に行けば、彼女の兄弟たちが「妹に近づくな」とボコボコにされる。

社会奉仕の責任者(?)が気のいいおじさん(「エリックを探して」でも好演してた太ったおじさん)で、あれこれ世話を焼いてくれる。

社会奉仕を一緒にやってる(やらされてる)仲間のうちの4人と近づきになる。きっかけは、責任者のおじさんがウイスキー愛好者で、その製造工場へ行こうということになり、それが彼らを近づけたのだ。

それからどうなるか。ネタバレを躊躇うわけではない。そんな複雑なストーリーでもないし。これ以上書くのが面倒臭くなったからやめる。

ローチ、80に近い年齢を感じさせない、例によって、初々しさを感じさせる楽しい映画。主役を演じた男が、演技経験のまったくないのも驚きだ。普通にうまい。主人公と同じような環境に育ったらしいのだが。
そういうことなんだ。俳優は氏素性なんですよ、結局。アタマの中身が透けて見えるのだ、とりわけ映画は。だから、普段なにも考えてない人間が、どんなに技術を磨こうとそんなもの、屁のつっぱりにもならない。ま、そういう手合いは、技術を磨こうという発想すら浮かばないのでしょうけれど。

しかし、先週もっとも感じ入ってしまった映画は、タイトルだけは知っていたが、見るのは初めての「妖刀物語 花の吉原百人斬り」。監督は名匠内田吐夢。50年くらい前に撮られた映画だ。
大和屋さんは、すべての映画は恐怖映画だ、というようなことを言っていて、それは、スクリーンに映写するためには暗闇が必要で、その暗闇が恐怖へと誘うのだ、と。
この映画は怖い。だから映画の中の映画ではないかとわたしは思ったのだ。
別にホラー映画じゃないんですよ。時代は吉原があった江戸。ひとりの真面目な男が主人公。彼は栃木の佐野で絹織物の生産・卸を手広くやっている店の主人。実は、彼は生まれて間もなく、親に捨てられ、その店の先代夫婦に拾われわが子同然に育てられたのだった。そして、彼らが亡くなったあと店を引き継ぎ、先代の時代よりも2倍3倍、店を大きくもしたらしい。彼がいまもっとも望んでいるのは、妻をめとり、跡取りを作ることだが、それがなかなか叶わない。なぜか。彼には生まれつき、顔の右側全面に大きな黒い痣があって、そのため、何度見合いをしても、相手の女が気味悪がって、うまくまとまらないのだ。

で、何度目かのお見合いをわざわざ江戸まで足を伸ばしてやってみたのだが、今回も不首尾に終わり、気晴らしに、とか、男と生まれたからには一度くらいはと、お見合いを段取りしてくれた江戸の取引先の旦那たちに誘われ、吉原に行く。しかし、ここでも花魁たちは彼に寄り付かない。しょうがないなと思ってると、何人目の女がやってきて、これがなんとも優しくしてくれる。で、女にも甘いこと言われ、その店の悪賢い主人夫婦にもうまいこと言われて、彼はそれ以来せっせとその女のもとに通うようになり、結果巨額のお金をそこで吐き出すようになる。
わたしが怖いと思い、いや、怖すぎていったんテレビを消してしまったのは、ここらあたり。
なにが怖い? 主人公はそれまで女には触れたこともないような真面目な男で、なおかつ、店の使用人とも一緒に食事をとるような、ほんとに出来た人間なんですよ。それが、ちょっとしたはずみで、文字通り、坂道を転がるように、どんどん堕ちていって、その堕ちていく先には、タイトルからも想像出来るように、殺人が待ってるんです。その不条理感とでもいうのでしょうか、彼が可哀相で見てられないというか ……

昔から言われてるように、映画はシナリオなんですよ。ローチの映画もプロット・シナリオがうまく出来てたけど、これもそう。結果として悪女になって、最後に主人公に斬られる女にもそうせざるをえない事情があるように書かれてる。彼女は、おカミ非公認の売春をやっていて、それで捕まり、そういう制度になってたらしいんだけど、牢屋に入れられるかわりに、いわゆる郭に、一生奉公といって、預けられる。多分、給料なしでそこで働かされるんでしょう。そういう身分だから、花魁たちに蔑まれる。差別の対象になる女たちからも差別されると、こういう過酷な状況下に彼女はいるわけです。で、いつか自分も花魁になって彼女たちを見返してやる、そう思ってたところに主人公が現れたわけです。花魁になるには莫大なお金がいるわけですからな。
先に誤解されるようなことを書きました。花魁が差別の対象になってるわけじゃないんですよ。花魁はただ性を売り物にしてる売春婦ではなく、踊れて歌えて、鳴り物も出来て、なおかつ、お花・お茶、和歌の道にも通じていなくてはいけない。だから、誰にもなれるものじゃないのです。だから、性を売り物にするような場所で働いてる女は、普通は差別の対象になるでしょと、そういう意味で書いたのですが。

主人公を演じるのが、御大と呼ばれた片岡千恵蔵。背は低いのに顔はでかい。昔、子供心に、こんなおっさんがなんできれいな女にモテモテなんだと思ったものでしたが。でも、いい俳優さん。声がいい。遠山の金さんが当たり役で、彼の金さんの長台詞はなんともいい調子でしびれます。
彼を騙す花魁を演じるのが現・水谷八重子。このひともねえ、そんなにうまい女優さんではないけれど、大柄で、いかにも育ちが悪くて、野心はぎらぎらって感じがよく分かる。

話の内容とは関係なく、昔の映画はとにかくお金がかかってる。セットも豪華でひとも必要以上に大勢でるし。なんか豪勢な気分にさせてくれます。そこがいい。話自体はやりきれないものなんですが。

因みに、タイトルでは百人斬りとなってますが、別にそんなに斬るわけじゃありません。百というのはいっぱいという意味なんですね。

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