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2012-12

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わたしの辞書に「反省」はない - 2012.12.25 Tue

この間の日曜。授業公演の楽日だったのだけれど、学生たちにお許しを願い、公演をパスして家にひきこもる。
そう、有馬記念を見るために。馬券を的中させたら今日の打ち上げ代は全部わたしが…、ということでお許しいただけたのでしたが、残念な結果に。
このヤローとばかりに昨日も難波の場外馬券場へ勝負に出かけたのですが、見事な返り討ちを喰らい…

ああ、今年も終わったなって感じです。切ないです。

年末年始に読む本を買うべく、久しぶりにジュンク堂へ。当たり前の話ですが、オニのように本があり、そして、どれもがワシがワシが、と自己アッピールをしてくる。小川仁志といったか、全然その名を知らないひとの本が、思想関係の棚にズラッと並んでた。ちょっと目を離してた間にって感じで。タイトルがどれも胡散臭くて手にはしなかったが。誰だ?

加藤幹郎と大澤真幸の本、それに文庫、新書を数冊買う。

わたしの今年のベスト5(順不同)

映画「夜ごとの美女」(監督ルネ・クレール)
映画「永遠の僕たち」(監督ガス・ヴァン・サント)
映画「赤いハンカチ」「銀座の恋の物語」他の、浅丘ルリ子
戯曲「月光のつつしみ」岩松了
評論「ブレードランナー論」(正式タイトルまた失念)加藤幹郎

いずれも今年わたしが触れた作品で、今年発表されたものではありません。念のため。

それでは皆さん、よいお年を。
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ご挨拶 - 2012.12.16 Sun

今週の木曜から日曜まで、担当している実習授業の発表会があります。
開演時間は、20日(木)、21日(金)が、19時。22日(土)は、14時と19時。最終日の23日(日)
は14時のみとなっています。
場所は、大学構内10号館8Fにある演劇実習室。
出し物は、永井愛さんの「ら抜きの殺意」です。

以下は、当日配布されるパンフ掲載用の文章。

                ご挨拶
 本日ご覧いただくお芝居は、ことばをめぐってのサスペンスコメディです。
 キャスト表にありますように、ひとりが複数の役を演じ、また、ひとつの役を複数が演じます。更に、男性が女性を、女性が男性を演じたりもするので、あるいは混乱されるかも知れません。これは、登場人物8人の芝居をその倍の出演者で演じるための窮余の策ではありますが、むろん、理由はそれだけではありません。確固たる<わたし>への懐疑、性差の垣根が低くなった現状の確認等々、挙げればほかにも幾つかあるように思いますが、なにより、「とりかえ」は、わたしの好きな古来よりある演劇の楽しい手法のひとつだからです。
 ところで。先日、京須偕充の『とっておきの東京ことば』を読んでいたら、次のようなことが書いてあって驚きました。「お疲れ様」ということば。本来は、夕方、出入りの職人が仕事をおえて引き上げる際に、親方や棟梁、あるいは仕事先の旦那が言うせりふで、だから、目下である職人のほうから目上の親方や旦那に「お疲れ様」などと言うのは、ありえなかったのだ、と。なるほど。ひとの顔を見ればまるでそう言わなければならないかのようにこのことばを口にする学生に、時にイラっとしたりするのは、こういう理由もあったのだ。
                                         竹内銃一郎

お時間ありましたら、ぜひご来場下さい。


いまさらですか? - 2012.12.12 Wed

久しぶりに映画館に出かける。
現存する映画監督の中で、この国でと限定すれば、いまわたしがもっとも刺激を受けるのは亀井亨の作品であることは、これまでもここで繰り返し書いてきた。
その亀井の「わたしの奴隷になりなさい」を見に行ったのだ。
亀井映画はこれまで10本ほど見ているが、映画館で見るのは「落葉(わくらば)流れて」以来今回が二度目。
当然のことながら期待に胸膨らませて行ったのだったが、結論から書くと「ガッカリ」でした。
シナリオの焦点がぼけていて、ヒロインの壇蜜がどうにもよろしくない。
見終わってトイレに入ったら、一緒に来たらしいおっさんふたりが、「ポルノでもないし」「俳優が下手やし」「話分からんし」と笑いながらぼやいていたが、まあ、そう言われても仕方のない残念な作品。

なに、壇蜜って! からだがガテン系なんですよ。ガツンと肩幅が広くて、ウエストがなくて、脚も短い。なによりいけないのは立ち姿で、きまらない。絵にならない。おまけに、歩かせると前かがみになってカッコ悪いことおびただしい。どこをどう押しても、およそヒロインを演じていいタマじゃないのだ。と言うか、そもそもスクリーンになんか出てはいけないひとなのだ。

以前にも書いたが、亀井は女優さんを実物以上にきれいに撮る監督で、それが彼の映画を映画たらしめる最大の原動力になっていたはずなのだが、いったいこれはどうしたことだろう?
壇蜜。バカなのか、それとも根性が悪いのか。いま話題のひとということで、制作サイドに押し付けられたのかな? 出来の悪いシナリオも、多分、アタマの悪いプロデューサーなんかに「アーセイ、コーセイ」と言われて、心ならずもこんな具合に、ということかもしれない。
わたしもそんな経験がある。そもそもホンを読む力のない輩が、ろくに読みもしないで勝手な思い込みや思いつきを偉そうに押し付けてくるのだ。
ま、そういう劣悪な環境の中でだって傑作は生まれるわけですが。
そう、なにもかもが思うように出来るなんてことは、映画や演劇の現場ではありえないわけで。

亀井さん、がんばってチョーダイ!

帰り際に、同じシネコンでC・イーストウッドの「人生の特等席」も上映されてることを知り、翌日出かける。
前述したように、映画館に出かけるのはもう数年ぶりで、だから、チケット売り場で、60歳を過ぎてたら料金千円だと知らされ、大感激。安い! 安過ぎる! と二日続けて出かけたわけなのだ。

薄明の中を黒鹿毛の馬がスローモーションで疾走してくるファーストシーンに「よし!」と呟き、それに続く、C・Eが自宅のトイレでうまく用を足せない自分と自分のイチモツに悪態をつく、切なくもユーモラスなシーンに「ああ、これがC・Eだ!」と映画が始まって5分も経たぬうちすでに感動でうち震え。更に、まるで追い打ちをかけるように、画面いっぱいに広がる、緑の芝生がまぶしい野球場を目の当たりにしたときは、ほとんどわたしは狂喜乱舞状態。これはわたしのために作られた映画ではないか、と。

遊びがあってスキがない。奇をてらうことなく、まさにこれがアメリカ映画だといわんばかりの画作りと話の運び。わたしはしばしそのフツーさに酔いしれる。
しかし。いつものC・Eならば、ここいらで物語りは急角度でカーブするはずと思うところで、一向に変わらない。とにかく、これはパロディかと思うほどに王道を進むばかりで、小津やホークス等々にも通じる、非情なユーモアが冒頭で垣間見えたきり、一向に顔を出さない。そのうちになにかが起こるはずと思っていたらそのままゴール。決して詰まらない映画ではなかったけれど、C・Eの映画にしては…と、少々の物足りなさを抱えながら最後のタイトルロールを見ていたら、なんと監督はC・Eではなく、帰りに買ったパンフを見たら、長年彼の下でスタッフをつとめたひとだとのこと。カメラマン以下スタッフの大半がC・E組のメンバーだったので、わたしもすっかり騙されてしまったのだった。

週末、2週間ぶりに東京に帰り、録画しておいた映画を何本か見る。
目を見張ったのが、いまさらですがルネ・クレールの「夜ごとの美女」。文字通り夢のような映画。これぞ映画!と言っていい映画なのだ。機知とユーモアにとんだギャグ満載! 
主人公の音楽家のタマゴが、夢の中で、まさに彼の長年の夢であった自作のオペラがオペラ座で上演され、彼はその指揮棒を振っているのだが、しかし、華麗な楽曲の中に、彼の作曲を妨げてきた街の騒音が流れ込む。このシーンが満載のギャグの中でももっとも美しく驚かされるギャグシーン。

小林旭・長門裕之に浅丘ルリ子がからむ「さぶ」も秀作。監督は、あの傑作「拳銃(コルト)は俺のパスポート」を撮った野村孝。丁寧で力のこもった映画だ。
これまたいまさらですが、浅丘ルリ子がとてもいい。屈折したものを抱えているらしい(彼女のバックグラウンドは映画の中でははっきり描かれてはいない)女性を明解に提示している。
先日録画してあったのを見た、「三谷版 桜の園」の中でラネーフスカヤを演じたひとと同じ女優さんとはとうてい思えない。もちろん、年齢からくる見た目の厳しさはある。しかし、この舞台の浅丘からは、「さぶ」で見せた聡明さのかけらも感じられないのだ。

この芝居のひどさは、改めて書く。いや実に、記憶にないほどひどい代物なのだ、これは!
あ、ひどいのは浅丘ルリ子ではなく、作・演出の三谷幸喜ですから、お間違いなく。


哀悼 - 2012.12.05 Wed

勘三郎が亡くなった。享年57歳。わたしより8つも若い。うーん。

勘三郎とは一度だけ、ご対面したことがある。
もう十年ほど前になるのか。柄本(明)さんが、新橋演舞場で勘三郎と共演したとき、楽屋に挨拶に行って、その時紹介してもらったのだ。別に言葉を交し合ったわけではなく、文字通り挨拶だけで終わったのだったが。

それは「浅草パラダイス」という、このご両人に藤山直美がメインのお芝居で。この時の藤山直美が凄かった。
前に書いたことがあるかもしれないが。

お話はまあ、下らないといっていい、よくあるもので、勘三郎と直美が夫婦で、柄本さんはこの夫婦の隣の家に住んでる友達。
勘三郎は腕の立つ職人なのだが、酒と女に溺れていて、家に金は入れないしたまにしか帰って来ない。
ある日、我慢に我慢を重ねていた直美がもう辛抱たまらず、勘三郎に別れ話を切り出す。凄かったのはこの場面。
大体、演舞場みたいな大劇場の客の大半は団体客で、団体客にはお弁当なんかついてて、だから客は食べながら、隣の客とお喋りしながら芝居を見てる。当然場内は概ねざわざわしていて、この場面が始まったときもそういう状態。それが、直美が勘三郎を諭すように、なぜ自分はここまで我慢し、しかしなぜもう我慢が出来なくなったかを涙ながらに語り始めると、ざわざわが文字通り水を打ったようにシーンと静まり返り、静まり返ったと思う間もなく、あっちでしくしくこっちでしくしく、客の泣き声が聞こえ始めたのだ。

ほとんどマジック! 後にも先にもこんな経験は初めてだ。
勘三郎も柄本さんも現代の名優だと思うけれど、しかし、その名優が藤山直美の前ではまるで赤子のように見えたのだった。

勘三郎と野田秀樹が共演した芝居を見たのは、2,3年前か。
なんだろうな。まるで緊張感のない芝居で。それも狙いのうちだったのかもしれないが。これはふたりにとってどんな意味があるのか、見終わったあと奇妙な感慨を覚えたものだ。
よく言うやつだが、生き急いだというのか。勘三郎、手を出す必要のないところにまで手を出しすぎて、それが命を縮めたような気がしてならない。ま、それも<生き方>なんでしょうけど。

思い出した。この日、そのあと、映画監督の相米慎二氏にも会って、柄本さんと三人で飲んだのだった。
相米氏も亡くなった。

いやあ。年齢の近いひとが亡くなると、やっぱりちょっと気分が沈みます。

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