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2012-10

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薄れゆく記憶 - 2012.10.24 Wed

昔は固有名詞を覚えるのを得意としていて、中学生の頃は日本のプロ野球選手の90%の背番号、身長体重、出身校を言えたし、競馬を始めたのは二十台半ばだったはずだが、その頃は、中央競馬会(JRA)所属馬のうち未勝利馬以外のこれまた90%くらいはその馬の父馬の名を記憶していた。
うん? これも以前に書いたような気が ……

それが、やはり寄る年波に勝てず、とんと記憶力が鈍り、本や映画のタイトル、人名等々がなかなか出てこず、結果、間違えてここに書いてしまう。

前回の間抜けな映画評論家は、品川隆吉ではなく、品田雄吉でした。スミマセン。
また、加藤幹郎の書名も『「ブレードランナー」論序説』でした。

記憶が薄れていく、消えていく状態? それは例えば、記憶にもやがかかっていて、そのもやがどんどん濃くなっていくような状態なのか、それとも、闇の中に記憶が沈んでいくような状態なのか ……
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死ぬのは他人ばかりなり - 2012.10.23 Tue

昨日はジャイアンツCS大逆転勝利! で、今朝、スポーツ新聞を買いに出かけて帰り道、雨降りの日は危ない、足を滑らせて後ろ向きにひっくり返る。うまく受身をとったからよかったものの、下手をしたら後頭部を打ち付けて病院行き、もしかしたら一巻の終わりだったかもしれない。
そう、わたしは受身をとったのだ! なんだろう65歳にしてこの驚くべき運動神経!

若松孝二が亡くなった。享年76歳。
若松氏は、わたしの師・大和屋さんのいわば兄貴分。日活と言う映画会社をやめて東南アジアを旅してるとき(ドキュメンタリー映画を撮っていたのかな?)、お金がなくなって「お金を頼む」と日本にいた若松氏に連絡。日本に帰ってきたら自分のプロダクションで映画を撮るという約束でお金を貸した、という ……
それで、大和屋さんは「裏切りの季節」を撮り、それが評判となって、「荒野のダッチワイフ」そして傑作「毛の生えた拳銃」が撮れたのだった。

若松氏は、わたしの年代の映画ファンの間では、おそらくもっとも人気の高い映画監督ではなかったか。
わたしも80年代までの若松作品はほとんど見ているはずだ。最大の傑作は、唐十郎主演の「犯された白衣」。
また、わたしの戯曲「檸檬」は、若松映画からインスパイアされて書かれた。
例のごとく題名失念。刑事がふたり、団地の一室にこもって、向かいの団地の一室を監視している。その部屋には
全共闘(新左翼?)の元闘士がふたりの女と同棲していて、四六時中セックスに耽ってる。
刑事たちは覗きをしているわけではない。ま、結果としてはそういうことになるのだが。彼らは公安の刑事で、男がいつかまた闘士としての活動を始めるのではないかと監視しているのだ、始めたらとっ捕まえようと。
でも男は前述したしたように、夜となく昼となくセックスしてばかりいて一向に動き出さない。刑事たちはもう彼は堅気になったのだと見なし、監視をやめて部屋を引き払う。と、それを待ってたかのように男は闘争に向けての第一歩を踏み出す。
そんなお話ですが。

若松孝二がなんで人気があったか。それはもう単純に全共闘・新左翼にいちばん近いところにいたからだろう。現に若松プロには後年、パレスチナにいった足立正生他の過激な人々がいたし。でも、それだけじゃない。ピンク映画という、名もなく貧しいところで過激な映画を作っていたというそのことが、純だったわたしたちには美しく思えたのだ。なんて美しい時代だったんだろう!

若松氏は先に挙げた大和屋さんや足立正生以外にも多くの映画人を生み出し、あるいはプロデューサーとして映画作りのサポートしてきた。それは他の追随を許さない。60年代半ば以降に限定すれば、日本映画界における最大の功労者といっていいはずだ。

若松氏の名が世に広まったのは、ベルリン映画祭(もしかしたら別の映画祭かも)に出品された「壁の中の秘め事」が当地で良くも悪くもスキャンダラスな評判となり、それを日本の某映画評論家が、「国辱もの」と大新聞に書いたからだ。
なぜ某氏がそう思いそう書いたのか。一言で言えば映画を見る目がないからだが、もともと見えない目をさらに見えなくしたのは、それがピンク映画と呼ばれる出自を持っていたからで、要するに偏見・差別が前提にあったからだ。
凱旋興行でわたしも見たが、なにかとても真面目な映画で、もっと過激な内容を期待していたわたしは肩透かしをくらった。わたしの周辺もほぼ同意見ではなかったか。

新聞等で、著名人の死にコメントを寄せるひとは大体決まっていて、要するに無難なことしか言わないひとで、早い話がそれなりの名前があればどうでもいいわけで、スポーツ報知には映画評論家品田雄吉が文字通りどうでもいいコメントを寄せていた。もちろん、彼が若松映画を強く支持していたわけではない。
そんなことしてて虚しくないか?
マスコミがひどいのは今に始まったことではないが、以前は、間違っってるとはいえ「正義感」なるものが彼らのバックボーンにあったように思うけれど、例えば読売の「森口氏」に関する誤報とか週刊朝日の「ハシシタ」問題とか、あまりにひど過ぎる。あれだけブチ上げておきながら連載中止とは! 週刊誌、売りたいんでしょ。正義感なんかもう売りにならないと気づいたわけでしょ。続ければいいじゃない、絶対売れるんだから。

若松氏、横断歩道じゃないところを渡ろうとして、車に轢かれたらしい。いかにもである。

忙殺! - 2012.10.17 Wed

今週の月曜に「蒸気愛論」は終わったばかりなのですが、なにか遠い昔の出来事のよう。
昨日、今日と大学の仕事に追いまくられて ……

ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。感想などあればお聞かせ下さい。
わたし(たち)だけじゃないと思いますが、悪い評判というのは直接耳に入ってこない仕掛けになっていて、
わたしはまったく知らないし関心もないのですが、ツイッターだの2チャンネルだのでは悪口雑言が撒き散らされているわけでしょ。イヤダイヤダ。

ホームページの方にも書かれていると思いますが、せっかく意気込んで作った今回の戯曲本、S7がまるまる抜けているのに気づかず印刷所に送り、出来上がったものを見たのにそれに気づかず初日に売ってしまうという、重ね重ねのミスを犯してしまいました。
お買い求めいただいたひと、ほんとに申し訳ないです。ホームページの方に「買っちゃいましたけど!」とご連絡下さい。

売り上げの儲けを打ち上げの費用に回してなんて考えてたら、なんてことはない、赤字をこいてしまって。

加藤幹郎の「ブレードランナー序説(だったかな?)」、まだ全部読みきってないけど面白い。
ひとが映画や物語を欲するのは、始まりがあって終わりがあるものを物語と呼ぶのだが、ひとは自分の始まり、即ち、自分が生まれたときのことも、自分の終わり、即ち、自分が死んでしまうときのことも、誰も知り得ない、だからなのだ、というのにはとても納得した。いまさら?

今週末は久しぶりに東京に帰って、競馬で当てて本の赤字分取り返せねば。

あっちもこっちも厳しいッ! - 2012.10.08 Mon

本日にて「蒸気愛論」稽古終了。明日から小屋入りだ。
芝居はここにきて結構な仕上がりになってきたのだが、チケットの売れ行きが芳しくないらしい。
同僚の水沼氏の話では、京都で開かれている演劇祭の客の入りはスゴイことになっているらしい。
もちろん、スゴク入ってるんじゃなくてその逆です。
オイオイ。

別にデーターがあるわけではないが、関西地区、とりわけ大阪は、人口比で言うと日本でいちばん演劇の客が薄いのではないか。わたし個人は、どれだけ時間がかかるのか分からないが、意地でも客席をいつか満席にしてやる!
と思っているのだが、関西の長くやってるのに客が入らない劇団とか、この寂しい現状をどう考えているのだろう?

話変わって。ロッテの生山がとうとうクビになってしまった。生山は、わたしが勤務する大学・専攻に1年とちょっとだけれど籍を置いていた。近大出身のプロ野球選手はいっぱいいるけれど、舞台芸術(当時は演劇・芸能)専攻出身なんてもちろん前代未聞で、一軍で活躍したら、変わった経歴の持ち主ということで話題になったはず。でも残念ながら育成のままで終わってしまった。
9月以降、二軍戦だが出場機会が増え、いよいよかと思っていたら、残すかクビにするのか最後のテストだったのだろう。改めて厳しい世界であるなあ、と思った次第。

生山は身長が180以上あって、結構な2枚目で頭もスマートな学生だった。一度だけだけれど短い芝居に出て達者にこなしていた記憶がある。進路どうするんだろう? DRYBONES入団なんてどうでしょ。来たらすぐにレギュラーになれるけど。

ほんも出します - 2012.10.04 Thu

初日が迫ってきた。のに、その実感が希薄なのは何故だろう?

ひとつには、稽古時間の問題があるかもしれない。これまでのドラボ公演の稽古は夏休み・春休みにやっていて、だから長い稽古時間をとれたのに、今回はそれが叶わず、もうひとつキリキリした感じになれないのだ。
もうひとつ。今回の芝居は、舞台上にふたりしかいない場面が多く、演出が比較的容易だから、とも考えられる。
やはり、5人6人と舞台上にひとがいると、それをどう動かしたらいいのか、ひとが多ければそれだけ動きのパターンが増えるので、「計算」が面倒になるのだ。

いざ本番が始まってしまえば、こちらの胎も座るのだが、いまくらいの時期がいちばん不安だ。本当にこれでいいの? と、出来上がってくればくるほど不安がつのるのである。

上演時間は97~8分。100分程度にしたいと思っていたからほぼ予定通り。
これまでも書いてきたが、多くの芝居の上演時間は長すぎる。
なぜ長くなってしまうかというと、出演者に見せ場をと作り手がサービスをするからだ。
わたしだって俳優へのサービスは今回も考えていますけどね。程度問題。
以前にも書いたように、ウイングフィールドでの公演は、座席のことを考えると100分が限度だと思う。

公演中は受付で、今回の台本を販売します。今までは無料で差し上げてたり、ブログで読めるようにしてましたが、お金いただきます。

わたしが本を初めて出したのは、79年だか80年だか。当時は日本も出版界も景気がよくて、戯曲集もバンバン出てました。え、あんなヤツの戯曲が単行本で? みたいな感じで。でも、バブル崩壊以後、見事に戯曲集などほとんど出なくなり。
わたしの戯曲集が而立書房から4巻まで出ていて、5巻も、中に入れる戯曲の手直しをわたしがすればすぐにも出る手はずになっていたのですが、その作業が遅々として進まず、そうこうしているうちに、これはわたしの勝手な推測ですが、出版社にわたしの戯曲集なんか出す余裕ある? みたいな感じになって、こっちから出して下さいと言いにくくなり …ということで、5巻以降が出てないという状態。

書き下ろしの戯曲は、野田秀樹のものなど文芸誌に掲載されたりしますが、それは例外で、目下のところ、「テアトロ」「悲劇喜劇」という演劇雑誌にしか掲載されません。
でも、その二誌に掲載されたところで、いったいどれだけのひとの目に自分の戯曲が読まれるだろうかと考えると、なんだか切なくなって(二誌あわせても実売2千はいってないはず。もちろん推定)、これだったら劇団のブログで読んでもらった方がと考えてたわけですが。
よくよく考えると、自分もそうですが、年寄りはブログなんか見ないなということに最近気づき、というか、武田さんから、少なくとも関西にはそれなりの数の竹内ファンがいて、だけどみんな若くはないが …という話を聞いて、ブログで読んでみたいな話はないなと思い、本にして売って、打ち上げの費用の足しにしようと、こういうことになりました。
劇場に来られない方にも、申し込んでいただければお送りしますが、もちろん、定価500円に郵送費もお支払いいただきます。

かなりの傑作と自負するお芝居へのご来場と、それから、こちらの本の方もよろしくお願いします。

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