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2011-10

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滅亡から3日(山津) - 2011.10.31 Mon

完全に体調を崩していました。
公演が終わってから今起きてる時間に寝て昼遅くに起きるという怠惰な生活。そして今度は新しく始めたバイトで早朝(深夜?)生活。そりゃ体調も崩しますわな。ばかですね。見上げた空にはびっくりするくらい細いきれいなお月様です。ちまたでは(どこだよ)10月28日に地球が滅びるとか言われてましたね。…滅びませんでしたね。バイトはキツイですが、生きていくお金を得るためには、好きな舞台を見に行くためにはこのくらい、、?来月は見たい公演がいっぱいあります。っていうとすごく勉強熱心な感じがしますけどみんなダンスですけどね。芝居よりもダンスの方が好きなんです。見るのは。東京である元劇団員の堀さんの芝居も見に行く予定です。初めての、東京。ひょんな事から知り合った、東京にいる人とも会う約束をしています。全く接点のなかった人。でも
出会うべくして出会ったのだ、出会いは、ぜんぶ。こうして、つながっていく、ひろがっていく。これからの事を思うと不安になります。この吐き気は風邪のせいなのか、なんなのか。あ、今テレビの台詞に「チェーホフ」が出てきました。月9に!で、滅びなかったので、明日はDRY BONESのこれからの事会議あります。J氏の言葉、J氏の言葉………会ってません!!!





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ジワタネホの青 - 2011.10.25 Tue

5年前の私から手紙が来た。

といってもだいぶ前のこと。
消印は2011年7月某日。「心臓破り」の本稽古に入るちょっと前。
高校3年生の時、5年後の自分に手紙を書くという某大学主催の企画があって、私の母校は学年全体で参加。ちょっとしたイベントだった。
ここ数年は1年1年があっという間に過ぎてしまったように思う。悪く言えば淡白だったのかもしれない。その中で、DRY BONESにおける稽古期間の濃密さは異質だった。
ウエットな言い方で自分でもなんだかなと思うけれど、忘れられない。
<ドライ>ボーンズのメンバーなのにウエット?
そもそも自分がウエットなのかドライなのかよくわからない。どちらにも転がりそうなところが、平凡だなあと思う。
手紙の冒頭部分には、「雨の日は好きじゃない」と書かれていた。
やっぱり、ひとはたかだか5年じゃ大して変わらないんだと思った。今でも雨の日はウンザリするし、外出が好きな私にとって傘は雨をよけるために仕方なく持つ邪魔モノに過ぎない。
快晴が好き。映画「ショーシャンクの空に」のラストシーンのような。
漠然と、私はああいうところに行き着きたい、と、ふとした瞬間に思う。
真っ青な空と、海。

約5年ぶりに再会した高校の友人に、「変わらないね」と言われた。
そう言ってくれる友人の存在はありがたくもあったけど、なんだか私は嬉しくなかった。でも、「相変わらずだね」が嬉しかった高校生の私はもうここにはいなくて、それをすこし「嫌だ」と思う私がいる今は、あきらかに昔と違う。
でも何より変わったのは私じゃなくて、私を取り囲む他人の存在だと思った。
「ひとりでも平気」と言っていられるうちは、私はまだ、「誰かと一緒にいる」という確認ができている状態なのかなあと思う。
高校時代はラジオばかり聴いていて、後にも先にもないんじゃないかというくらい夢中になったロックバンドがいた。ちょっといかがわしい名前のバンド・ポルノグラフィティ。
その少し後にファンになったBON JOVIや、大学に入ってからはまったビートルズにも、もちろん相当熱を上げたけれど、情報収集という一点においてはどのバンドより熱心にやっていた気がする。
ポルノグラフィティの新藤晴一というひとの歌詞が好きで、こんな文章書ければいいな、と当時の私は夢見ていた。村上春樹を読むようになったのも完全にそのひとの影響で、18歳の私から送られてきた手紙は、あからさまに彼の書き癖やら頻繁に使うワードによって構成されていて、自分でも驚き。ただ、これを私がどの程度意識して書いたのかはちょっと疑問。なんとなく似ちゃったのか、意識的にあんな感じにしたいと思っていたのか。

竹内さんに云われるまでは、「誰かのマネをすることはしちゃいけないこと」みたいに思っていた。
でも、私は確実に私以外のひとから大きな影響を受けて生きてきたんだから、何のまじりっけもない「オリジナル」なんてありえないんだと云われて、それまでなんとなく感じていたモヤモヤはこれだったのかも、と思った。それに本当の意味で気がつけたことも、この5年間で変化したことのひとつなのかもしれない。
以前戯曲を書いて、「佐藤さんの戯曲は変化がない」「登場人物たちが対立しているように見えて、根底ではわかり合っている」と竹内さんに指摘され、すごく戸惑った。
もっとも、その内容が私の明確な意図であったなら問題はないのだけれど、私自身、言われるまで気がつかなかったことがショックで。
それがなんだか底抜けに虚しくて、心に、というよりは、びっしり文字の並んだ戯曲の紙面にぽっかりと穴が開いたようで、解決策も見えず、もう戯曲なんて書きたくないとさえ思ってしまったことも。
変化しないことを心から肯定する勇気は私には、ない。
自分の書くものはそれでいいんだ、変わらなくていいんだ、と言い切ることはできないと思う。

芝居でも、書くことでも、そこには明確な意志が必要で、強い意志を持ったものは、「巧さ」がなくても、ひとの心に訴えかける力を持っている気がする。
私もそんな芝居がしたい。そんなものを書きたい、と思う。
道が険しいのは百も承知だけれど、ろくに就職もしてない私は、これをやらなかったらほんとにただのフリーター。
ちなみに、ビートルズ、BON JOVI、ポルノグラフィティは、もちろん今でも私の大好きなミュージシャン。この間、懐かしいポルノグラフィティのナンバーをいくつも聴いて、やっぱり好きなんだなぁと実感。誰が何と言おうと。 変わらない部分を認めるのもまた勇気なのかなぁ。と思いたい。
結局何が書きたかったのやら…とにかくこれからも考えたことを書き続けたいと思います。

今、わたくし佐藤は、とある新しいことに挑戦しようとしています。
いま私にとって、もっとも聞きたくないけれどもっとも意識しなければならないワード、それはズバリ「貯金」です。 お金は、やはり大切です。何をするにもお金って必要なんだな、と実感する今日この頃。
かなり危機的状況なのに、それでも実行に移そうとしている自分がおそろしい!
「ポジティブ」と「後先考えてない」は紙一重、なのでしょうか。

いつもこんな感じで、ちょっとゴメン!
あ!久々に使った!でも使い方が偉そう!
ゴメンなさい!

lostでしょうか(山津) - 2011.10.15 Sat


今日は、Monochrome Circusの『lost』という作品を観て来ました。
開演まで時間があったので会場の周りや公園をぶらぶら歩きながら歌を歌ったりしてました。真っ暗な公園で。端からみたら変な人でしょうね。いや、変な人、山津ですからね。カラオケは好きじゃないですが、自分の好きな時に好きなように歌うのが好きなんです。歩いてる時とか、自転車に乗ってる時とか、家事をしてる時とか。それだけでとても幸せな気分になります。雨の日は音がかき消されるし、傘で顔は見えないしいいですね。地面はぐにゃぐにゃでびちょびちょになったけど楽しかったです。
前に戯曲を書く授業で音楽劇を書く事になったのですが、私が書いた登場人物は電車の中で歌い出すので、なんでそこで歌い出すのかわからない、と言われた事がありました。先生(J氏ではない)は普段の生活で思わず歌いたくなる時ってないのか、と悲しくなる事で気持ちを鎮めようとしましたが、結局は私の戯曲がだめだめなだけなのでした。

とある飲み会で、J氏が言っていた事「いつも揺れていればいいんだよ」。
今に限った事じゃないですが、刻々と感情は変化し、天と地とをものすごいスピードで行ったり来たりする。どんな日であっても生きていればそれでいいや、と思えたり、逆に死んでしまいたいと思ったり。(結局は、死ぬ勇気もないのですが。)そんなおおげさな事だけじゃなくて。移り変わるのが当たり前で。
倫理学の先生がよく言うてます。0か1ではなく、本当のことは0と1の間にある事の方が多いのだと。

今回の公演に、前のバイトの行き道に毎朝あいさつしていたおじちゃんが奥さんと来て下さいました。どこの誰とも知らない私にお金を払って!うれしかったです。
長らく会っていなかった中学の友達も、毎回来てくれる高校の友達も、大家さんも、Twitterで知り合った人も。

この場をお借りして、観に来て下さった皆様、ありがとうございました。


とても散漫なブログになってしまいました。
明日、バイトの面接part2です。上手くいきますように。



まだ終わってない - 2011.10.14 Fri

『心臓破り 手品師の恋』が無事千秋楽を迎え、バラシもあっというまに終わり、なんだか怒涛の4日間でした。

終わったばかりですが、もう次回公演のことを考えてしまいます。
次はどうしよう、どうなるんだろう。

公演中は緊張のあまり胃が痛くなり、すきっ腹にブラックコーヒーを飲む日々だったので、公演後のここ数日は、なぜだか昏々と眠り続けたり、頭がボーッとしたりで…体調を早く万全に戻したいです。


DRY BONESは学生が中心の劇団なので、やはりやめていくひともいます。
自分よりずっとうまくて、多くの刺激を受けたひととまた一緒にお芝居ができないのは寂しいことですが、私も一度は悩みに悩んでDRY BONESを抜けたことが過去にあります。結局戻って来ましたが。
DRY BONESにおける私の同期生(つまり創立メンバー)は就活や卒業を機に皆退団してしまったし、創立メンバーは現在私ひとり。
次は劇団員がいったい何人残るのか、と、どうしても考えてしまいます。

私はDRY BONESを今後も存続させたい。もっとたくさんのひとに観てもらいたい。
そのためには、やっぱり一緒にお芝居をつくる仲間が必要です。
劇団員との関係はへんな感じです。友達としてものすごく仲がいいかといえばそうでもなく(笑)、でも、「わたしたちは同じ方法を共有している」ということに、なんともいえず良い気分になります。うーん、なんて言ったらいいんだろう。
これは創立メンバーの時も一緒でした。わざわざ誘い合わせて遊びに行ったことなんてなく、稽古の時くらいしか顔を合わせない。でも。

以前、読売新聞の取材に同行した時、竹内さんが「今回の稽古風景を見て、ああ、劇団の芝居だなと思った」と仰っていたことがとても心に残りました。同じ方法を共有している、劇団のお芝居。
<わたし>、じゃなくて、<わたしたち>でつくる。
それがとってもうれしい。
もちろん、私は現在も至らないところが多過ぎて、課題も誰よりてんこ盛りです。
自分はなんて芝居に向いていないんだろう、どうしてこんなに頭が悪いんだろうと思い続けた2ヶ月間でした。終わった後も反省点がいっぱいです。

それでも続けるんだからホントに馬鹿なのかもしれません。
先日打ち上げの後、「佐藤さんもビョーキですよ」と桂さんに言われました。そっかそっか。そうだったのか!
なんだかスッキリした気分です。


竹内さんが、ハードルを高過ぎるところに置くと、なかなか越えられなくて辛くなり、ついにはとび越えることを諦めてしまう、といったようなことを仰っていました。
だから、この高さはちょっとキツイな、くらいのところにハードルを設定して…でもそれもなかなか越えられないんだろうな…いや、越える!という気概で挑みたいと思います。


「お芝居なんて初めて観た」というひとが、今回はたくさん観に来てくれました。
そういうひとたちが、「また観に来たい!また誘って!」と言ってくれたことが、とても嬉しかったです。
いままでお芝居に興味もなかったひとが、興味を持ってくれた。ここに何かヒントがあるような気がします。
竹内さんも書いていらっしゃいましたが、不要な抑圧を取り去って、もっと、いろんなひとがお芝居を観られればいいのに、と思います。
見世物としてのお芝居。小津安二郎の『浮草』で、老若男女が集う芝居小屋のあの風景が、いまあるべきかたちで復活すればなあ、とひそかに思うのでした。



お客様が神様ならば - 2011.10.11 Tue

「心臓破り」無事終了。6ステージもやって客なんか来るのかという心配は杞憂に終わった。劇団としては過去最高の集客。

客の入りなど二の次三の次と考える向きもあろうが、わたしはそういう考えに与しない。映画や本と違って、芝居は現れたそばから消えてしまうものだ。今日、今、見てもらわなければしょうがない。
また、20年前30年前、そう、バブルの時代でみんなが浮かれてた時には、それを異化する少数派の存在意義は確かにあって、例えば、旧真空艦などという劇団は、10人20人の観客相手に公演を続けていて、その事実がわたしだけでなく、決して少なくない演劇の現場の人間にとって脅威だったのだ。もちろん、その高い完成度あってのことであることは言うまでもない。

高い完成度。問題はそこにある。いったいそれを誰が求めているのか。というか、いったいそんなものがこの世にあるのか、必要なのかが問われてしまう時代になっている。

AKBがいい例だ。彼女たちが支持されているのは、むろん完成度の高さゆえでなく、未完成であるがゆえに自分が応援してやらなければという、ファンが<自分は彼女たちにとって必要な存在>という幻想をかきたてるがゆえなのだ。

総選挙でナンバーワンを決めるというのは、まあ、誰でも思いつきそうなことだが(といって、それを実際実行するとなると大変な勇気がいる)、じゃんけんで重要なことを決める(なにがあれで決められるのか知らない)というのは、要するに、世の中で成功してるひとって、完成度や才能の有無、努力の質量など問題ではなく、運がいいひとでしょ、という究極のニヒリズム的発想がその背景にあり、更には、たかがじゃんけんを見世物、一大イベントにしてしまう人々の脳の中はいったいどうなっているのか。考えるだに空恐ろしい。

こんなモンスターたちと戦い、かつ、打ち勝つための戦略戦術なくして、演劇はもはやありえない。そういう酷薄な時代にわたしたちは生きているのだ。

話が大きくなりすぎました。
「お客様は神様です」という言葉を自らのキャッチコピーにしたのは、かって国民歌手と言われた三波春夫だが、この言葉は本来の意味から離れて理解使用されているようで、本当は、芸能は神様に供するもの、神様こそ真の客という意味なのだ。
それはともかく。当たり前のことだが、客席にはいろんなひとがいる。
今回の公演では、わたしがいわゆる前説というのをやった。最初に話したのが、携帯のスイッチを切ってほしいというお願い。三日目からは、それに、上演中の飲食やカメラ撮影はご遠慮下さいというのもつけ加えた。そういうひとがいたという客からのタレこみがあったからだ。
でもでも。わたしの本音を言えば、携帯が鳴り、カメラのフラッシュが光り、せんべいを噛み砕く音が聞こえる等々に、どうしてそんなにナーバスになるのかと思うのだ。観客のアンケートの中に、子供や幼児を客席に入れるな、みたいなことが書かれていたらしい。むろん、鑑賞の妨げになるじゃないかと言うことだろう。
これらの音や光をノイズとして客席から排除しようという姿勢に、わたしは疑問を持っている。

その昔。転形劇場の芝居を見に行った時。知っている人は知っているように、ある時期以降の転形劇場=太田省吾の芝居は、台詞がまったくないか、あっても極少というもので、そのときもそんな芝居だった。自前の小さな劇場での公演。舞台ともども客席も静まりかえっていて、それこそクラシックの演奏会のように、咳をすることさえ我慢しなければならないような雰囲気。で、わたしの隣の席に座っていたひとが、多分風邪でもひいていたのだろう、ずっと押し殺すように咳をしていたのだが、これ以上の我慢は無理だと判断したというより、他の客の迷惑になると思ったのだろう、劇の途中で出て行ってしまった。その時わたしは、咳も出来ないような芝居はロクな芝居じゃないと思ったのだった。それは客に対する不当な抑圧ではないのか? (携帯の着信音と咳は次元の違う話だが)

芝居は芸術の側面とともに芸能=見世物の側面もある。咳をするな携帯を鳴らすなと主張するのは、演劇の芸術的側面だけを重視するひとだろう。ハッキリ言う。それ、間違ってる。
また、落語や相撲を見に行って咳を制限されることはないはずで、だから、エンターティンメントを自称しながらそれらの制限・禁止を訴える作り手は、わたしに言わせれば笑止千万なのだ。

俳優がやりにくい? 携帯の音程度にたじろぐ俳優は、そもそも俳優じゃないのですよ。
そう言えば、ゴルフでパットを打とうとする時、カメラのシャッター音が気になってみたいなことをよく聞くが、同じだ。そんなこと言ったら他のスポーツ選手、とりわけ、ほとんど騒音の中でのプレーをしいられてるプロ野球の選手なんかどうすんの? って話でしょ。

言うまでもなく、今回来られなかったひとは、来たひとよりも多いわけで。それぞれよんどころのない事情があったはずだと思いつつ、三波春夫的な意味での「お客様が神様」ならば、義理にでも来なければならないはずなのに来なかったひとには、安らかに永遠の眠りにおつき下さい、と言ってしまおう。

千秋楽(山津) - 2011.10.10 Mon

今日は、千秋楽です。なんだか信じられません。

当日券も受け付けておりますので、連休の最終日、ぜひぜひ劇場へお越しくださるとうれしいです。


開演前には、J氏のあいさつが聞けますよ!!




初日(直田) - 2011.10.08 Sat

ついに昨日に初日を迎えました!
たくさんの人に観に来ていただきました
本当にありがとうございました!!


本番中は、出番が来るまで待っている間に心臓が破けてしまいそうでした(笑)


今日は14時~と19時~の2回公演です

よろしくお願いします!

 - 2011.10.03 Mon

どうも!桂です!

DRY BONESの公式サイトをリニューアルいたしました!
是非ご覧くださいませ!

DRY BONES公式サイト


明後日から仕込みです!
ホントあっという間ですね。

そわそわ - 2011.10.02 Sun

10月に入り、1日、2日と稽古がお休みでした。
佐藤です。最近髪を切りました。

稽古がない日が2日も続くと、少々不安です。また、今回はちょっと高さのあるヒールを履いて舞台に立つので少々歩きづらく、(普段は裸足だったり靴下を履いただけで稽古をしているので)移動の時の速度などがイメージ通りになるよう、芝居で使う靴を履いていろんな歩き方をしてみました。とんだりはねたりもしました。でもあんまりやり過ぎると靴が傷みそうなので、そろそろやめておきます(・ω・)

本番まであと1週間もないのが信じられません。
そわそわしてしまいます。
なので落ち着くために好きな音楽を。

BON JOVI 「Bad Medicine」
BON JOVI 「Livin' On A Prayer」

ギターがギャンギャン鳴り響き、キーボードがキンキン音をたてる私の大好きな曲です。
決して一般的に「落ち着く」楽曲ではありませんが、やっぱり好きな音楽を聴く時間は最高です。

最近リピートしているのはQueenの「Don't Stop Me Now」です。コーラスがなんてカッコイイ。

BON JOVIは、とにかくメインボーカル以外のメンバーも皆歌がものすごくうまいのです。それぞれがソロで曲を出すくらいで、特にBON JOVIのリッチー・サンボラという、私が敬愛するギタリストは、ボーカルのジョン・ボンジョヴィを食いかけるほどの美しい歌声です。コーラスなのに。歌でふたりが「戦ってる」と感じます。なのに絶妙なコンビネーションなのです。
ジョンとリッチーが火花を散らす、「Wanted Dead Or Alive」という曲、まだ聴いたことのない方はぜひ!
PVも最強にカッコイイです!You Tubeでも見られます(・ω・)

Queenのコーラスも同様でした。でもやっぱりフレディの声は誰にもマネできない!
Queenはたしか、だいぶ前に後任のボーカリストを加入させていましたが、フレディのいないQueenはまだ聴いたことがありません。ボーカルが変わるとどこまで変わるのか、今度聴いてみたいと思います。



今日、久々に芸術創造館にも行ってきました。今回の公演、「心臓破り 手品師の恋」のチラシを置いてもらうためです。
ここに足を運ぶのは、以前いいむろなおきさんのマイムパフォーマンスを観た時以来です。


ただ、バスを降りた時、以前と少し風景が違う気がして不安になったので、バス停のそばの消防署の方に道を訊くことにしました。窓ガラス越しに「すいません」と声をかけると、推定26歳のイケメン消防士さんが窓を開けてくれて、丁寧に道をおしえてくださいました。まあ、ここをちょっとまっすぐ行けばすぐそこにある、ということだったのでちょっとした時間ロスでしたが、消防士さんが親切だったのでまあよし、です。

昨日は人と会う用事があって、兵庫の川西まで行ってきました。
その人は若い頃から裏方として長年小道具をされていた方なのですが、とても気さくな方で、いろんな話をしました。私の印象は「かたい」そうです。
もっといろんな経験をしたほうがいいよとアドバイスされました。うーん、たしかに。

もっとやわらか~く、開放的に生きたいものです!

そして近々競馬にも挑戦する予定です。
興味を持ったきっかけは、やはり寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」です。

馬れん 馬たん

というのが、初心者でもあてやすいというようなことを聞きました。

果たして当たるのでしょうか。



今年中の目標。
一皮むける!








カウントダウン - 2011.10.01 Sat

おはようございます。砂川です。

今日は桂さんの家で、保さん、山津さん、大久保さん、写真の清水さんたちとお鍋をするのです(・∀・)v


金木犀の匂いと、朝夕の空気の鼻の奥がツンとする冷たさに少し切ない気分になります。なんでだろう。
私は携帯電話で公演初日迄の日数をカウントダウンしているのですが、あと6日!!ひょぇ~(#゚Д゚)!!!

ーーーーー

オープンキャンパスのときの写真を少し載せておきます。


影になって居ますが、手前に大久保さんと直田さん、奥に山津さんです。


そんな山津さんは吉田くんに、、、



そして、怯える吉田くん




吉田くんは、みんなを和ませるムードメーカーになっています(*^ω^*)
そんな吉田くんの演技、ぜひ劇場でお確かめくださいヾ(´ω`=゜ω゜)ノ!!

では、また。

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