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2011-08

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うその続き - 2011.08.22 Mon

山口洋子の詞は、先に記したものにこう続く。

爪も染めずに いてくれてと 
女があとで 泣けるような
哀しい嘘の つける人

2番の歌詞はもっと泣ける(笑える?)けど、まあいいでしょ。

先にも書いたように、こういう「ありきたり」が平気で書けるのは、歌謡曲という揺ぎない枠組みがあるからだが、しかし、曲の方はいま聞いても結構斬新で、「爪も染めずに いてくれと」というところが、いきなり早口言葉みたいになるのだ。歌った中条きよしは、TVのインタヴューで、デヴュー曲はこれと手渡された時、こんな変な歌は絶対売れないだろうと思い、がっかりしたと答えていた。
早口言葉と言えば、サザンの桑田の歌が思い浮かぶが、彼らのデヴュー曲(でいいのかな?)「勝手にシンドバッド」は「うそ」より4年ほどより遅い。
ま、洋楽(風)に日本語を乗せる困難と実験については、様々なひとがやってきたのだろうが、わたしはこのことについて、残念ながらまったくの無知である。

先に書いた歌詞も「うそ」は「勝手に …」より早く作られていることも、ネットで確認した。
なんて便利なの? と思ったが、ふと、M・エルンストのことを思い出した。

彼のコラージュによる作画のヒントになったのは、子供のころに百科事典を見ているときの、頭文字が同じという以外にはなんの関連性もない項目(の図版)が平然と隣接していることへの驚きからであった、というのは有名な話である。

そうなのだ。ネットで「中条きよし」を検索すると、多分、何万何十万の情報がたちどころに出てくるわけだが、当然のことながら、それらの中には、中条きよしに関係ない情報は含まれていない。中条きよしと中村メイ子はまったく無縁でしかないのだ。ネットは世界をつなぐというけれど、実はみんなポツンと孤独なのだ。それに大体、情報が何万件あろうが、そんなの全部見られないし。
意味ないじゃん、なのだ。

この孤立感と、いわゆる流行歌、子供から大人まで誰もが口ずさめる歌がなくなってしまったことと、おそらく無関係ではあるまい。また、先ごろ終わった甲子園の宣誓で、高校生が「絆」という言葉を使っていたが、これもまた、「絆」でつながれている実感が希薄だからだろう。
わたしたちは「絆」は自らを縛るもの、不自由を強いるものとして絶ってきたのだし、都市化、電化・電子化というのは、まさにそういうことの具体なのだ。
そして、そのもっとも象徴的な事件(?)が、先の原発事故なのだ、と。

話が重くなったので、最後にわたしの好きな美空ひばりの「花笠道中」歌詞を記そう。

これこれ石の地蔵さん 西へ行くのはどっちかえ
黙っていては分からない ぽっかり浮かんだ白い雲

以下になんじゃら続きますが。これを初めて聴いたのは、わたしが小学生のとき。同級生の女の子が歌っていたのです。びっくりしてしまって。お地蔵さんに聞いたって分かるわけないじゃないかと、このあまりのバカバカしさに、子供ながら感動してしまったのでした。

これですね、流行歌、歌謡曲というのは。同じ美空ひばりでも、人生を謳い上げてる「川の流れのように」とは大違い。人生なんか歌っちゃいけないのですよ。



 
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うそ - 2011.08.21 Sun

折れた煙草の吸い殻で あなたの嘘が分かるのよ 誰かいいひと出来たのね 出来たのね

これは山口洋子作詞 平尾昌晃作曲の「うそ」の歌詞の冒頭だ。これに

ああ 半年あまりの恋なのに ああ エプロン姿がよく似合う
と続くのだが、これを見るからにスケベそうな男前の中条きよしが、実にスケベったらしく歌う。

久しぶりにこの歌をテレビで聴き、詞といい曲といい歌いっぷりといい、あまりの完ぺきさに呆然としてしまった。

いきなり、エプロン姿が出て来るんですよ。凄くないですか

こういう飛躍というか、非論理牲を臆面もなく書けてしまうのは、確固とした「歌謡曲の世界」があるからですね。作詞家がそれを信じているのかいないのか、それは分からない。でも、こういうずっと歌謡曲で扱われてきた通俗の世界を描くことにためらいがない。そこがいいのだとわたしは思う。

さしたる主張もない。ま、こういう歌を聴いて、「分かるわあ」と涙する女性がいるのかも知れないけれど、間違ってもこの歌に「元気を貰う」ひとはいないでしょ。そこがいい。

わたしが勤務する大学の卒業生、水上宏樹が主宰するオセロット企画の公演を見る。
二ヶ月ほど前に戯曲を読ませてもらい、その結構な出来映えから、かなり期待して出かけたのだが、仕上がりはもうひとつ。その理由・原因は幾つか挙げられるがここではカット。

ひとつ。改めて考えたのは、前述したことに関連があり、要するに、俗にまみれる勇気に欠けているのではないか、ということだ。

それは、劇中で触れられる映画のチョイスに端的に顕れている。フェリーニ、ロッセリーニ、ヴィスコンティ等々。
もちろん、彼らの映画がダメだというのではないが、そういういわゆる名画だけでなく、B級と呼ばれるような、通俗的としか言えないような、ウェルメイドの枠に収まりきれないような映画も併置しないと、やっぱり描く世界が狭くなってしまう。

あるいは、わたしの知人に、こんな芝居、こんな作家がいるよと紹介しようと思っても、水上の面白さを端的に伝えられない。それは現在一般に流布している評価基準では計れないから凄いんだって言えなくもないけど、正直きついね、これは。猿にも理解出来る回路を見つけないと。

聖と俗とを股にかけ、すっくと仁王立ちしているような美しさ。例えば、加藤泰の「緋牡丹博徒 花札勝負」は、そんな映画だ。

ムダニク - 2011.08.19 Fri

わたしの辞書に「夏痩せ」はない。

夏になると太る。暑いから外に出ないし、とりわけ、いまのようにずっと原稿を書いてると、一日中ほとんどパソコンの前から動かないし、連日夜遅くまで(というか夜明けまで)起きてるから、夜食は食うしで、もう痩せるひまがない。おまけに「ストレス」という言葉もわたしの辞書からは消されているので ……

一週間ほど前になるのか、伊丹のアイホールで、「エダニク」を見る。

戯曲は去年の劇作家協会新人戯曲賞の受賞作。チラシにこの時の、マキノノゾミ氏の選評の一部が引用されていた。曰く「これ以上なにを望むのか」(正確ではない)。まあ、それほどではない。アラを指摘しろと言われれば、ただちに10や20は挙げることが出来そうだが、それでもかなり上等な出来映えで、驚いたのは意外にも! わたしの大学の授業での、学生達への指導をそのまま実践していることだ。
もちろん、この作家とはなんの面識もない。

どこがどう、そうなのか。幾つもあるうちのひとつを挙げる。
登場人物の設定の方法。これに限らず、わたしが繰り返し口を酸っぱくして言っているのは、「比較し、差異化を図れ」である。

例えば、この作品の人物たちがどのように描かれているかというと。
AとBは、食肉処理工場の同じ現場で働いているが(同一)、年齢が(推定)10歳ほど違い、Bは関西弁を使う(差異化)。この芝居は三人の男しか登場しない。最後に登場するCは、ABを相対化するように、食肉処理にはほとんど無知の素人、という設定。見事な色分けである。

また3人の力関係と言うのか。劇は要するにパワーゲームで、3人のうちの2人を対立関係とし、残りの1人は、蝙蝠みたいにあっちについたりこっちについたり。この蝙蝠の動きによってゲームの勝敗が左右されると、こういった基本をこれまたキッチリ踏まえて、この本は書かれているのだ。

よく出来ている。この作品の美点も物足りなさもここに尽きよう。
食肉処理工場という、物珍しい、アプローチの仕方によってはかなり際どいものになりかねない「面白そうな場」を用意しながら、危うさがない。言葉を変えれば、色気がない。

わたし(たち)は、劇場になにを求めて出かけるのだろう? 誤解を恐れずに言えば、日常ではあまりお目にかかれない「あやういもの=ヤバイもの」見たさに出かけるのではないか。ひとはそれを「色気」というのではないか。

よく出来ている。英語に直すとウェルメイド? ウェルメイドって娯楽ですね、乱暴に言っちゃえば。
いまどき、「娯楽」を求めてわざわざ交通費使って、決して安くはないチケットを買って、2時間あまり椅子の拘束される不快を耐えるために、劇場に出かけるひとがいるだろうか?
娯楽ならテレビでたくさんだし、一週間に一回、「明石家電視台」を見れば、「わたしの娯楽」はもうそれで十分なのだ。

演出も3人の俳優も、よく出来た台本をソツなくまとめて、地味目ではあるが「ウェルメイド」の名に恥じない作品になっていた。
でも? だから正直、時々眠くなってしまって ……
ソツがない芝居って退屈なんですよ、やっぱり。
2ヶ月ほど前になるのか、京都で見た「異邦人」という芝居。これはこれで、戯曲も演出も「なにスカしてンの?」という芝居で、相当苛立って、寝させてもくれず、まあ、ああいうものに比べれば、ナンボかまし、ということにもなるわけですが。

芝居は難しい。というより、竹内が難しい?

歳をとると、太るし、すぐに眠くなる。刺激を下さい、刺激を!

「エダニク」のチラシに、劇作家のK氏の推薦文(?)も載っていて、曰く「ここで描かれる食肉処理工場は、原発の現場と同相だと見る想像力が、観客にはほしい」(正確ではない)とか?
まるでコケオドシのように、「同相」などというあまり見慣れぬ単語を使うところがいかにもK氏らしいが、芝居をどう見ようと観客の勝手である。大きなお世話だ。
こういうのをムダニクという。

静かな情熱(山津) - 2011.08.19 Fri


お盆休みも明けて今日からまた稽古。
今日は、二幕、一幕、三幕を稽古しました。


休憩中マジックの練習をしていたら、J氏に「山津さん、下手そうだね」と言われました。
確かに、今までの人生何かを上手そうにできた事がないかもしれません。

今回マジックを教わりに行ったマジックバーのリチャード・シブヤさんは、動きの一つ一つに無駄がなくて、美しくて、
もちろんマジックを見ているお客さんのためにやっているのかもしれませんが、
自分自身がやっている事に対して誇りを持っている、情熱を持っている、淡々とした優しい語り口からそんな事を思いました。

そういえば、
一年のころ
J氏に「きみ、走るの遅そうだね」
と言われた事もありました。


今日の写真は!
直田さんにもらったおみやげ。



追伸:本番まであと50日。砂川さんがツイッターhttp://twtr.jp/home(@drybones_tj)で、本番までの日数をカウントしてくれてます!



しらゆりも鳥籠も召使いも - 2011.08.18 Thu

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「フェルメールからのラブレター展」に行ってきました。

今回の目玉は≪手紙を読む青衣の女≫。(フェルメールと同時代のオランダ室内絵画も多数あり)
ただ、私がフェルメールの絵の中で1番好きな≪窓辺で手紙を読む女≫が展示されていなかったのが残念。「フェルメールからのラブレター展」と銘うってるのに、この絵がないなんて…。
ぜひ本物を見たかった!!
なぜ好きかというと、色々理由はあるけれど、フェルメールの絵の中で、この絵に描かれている女の人が1番きれいだと思うから。
お土産売り場に≪窓辺で手紙を読む女≫のポストカードが売っていたので思わず買ってしまった。
額に入れて部屋に飾ることにします。

フェルメールの作品ではないけれど、部屋の天井高くに鳥籠のある部屋の絵がいくつも。
なぜ鳥籠?当時のオランダではよくある光景?と思いつつも、「鳥籠」のかたちや、その存在に何だかロマンを感じている私は、改めて「鳥籠っていいなあ…」と思わずにはいられなかった。

酒を飲み騒ぎ立てる人々を描いて、こういうことは道徳的に問題があるのだということを暗に風刺している、といった解説があった。
―これは○○を表している、風刺している。
たしかに作者はそう考えて描いたのかもしれないけど、どこでも決まってこういうことを聞くのでなんだかなあ、という気がする。
以前、聖母子像をいくつも見た時、絵の中に決まって描かれる「しらゆり」は、聖母マリアの純潔性を表している、とかもその代表だけれど。

美しく描かれたひとつの「モノ」が、単なる「記号」として処理されてしまっている感じがして、少し寂しく感じる。

そこに立って手紙を読む女性が、美しい。
そこに咲いているしらゆりが、美しい。
そこに描かれている林檎が、ドレスが、食器が、鳥籠が、美しい。

こういう風に見ていると、絵が、とても「生きている」ような気がする。
どんなものも、絵画を構成する構成物件のひとつとして見る勇気を、私は持ちたい。

絵の中の人物たちの視線がどこへ向かっているかを観察すると、更に想像が膨らむ。
なぜ、いま彼らはこの人を見ているのか。考えると、いろんなことが想像できる。
そうやって、止まっているはずの絵が、みるみるうちに「生きてくる」ような気が、私にはする。

彼らの視線の先には何があるのか。
視線の先にあるものが絵の中に描かれていることもあれば、描かれていないこともある。
今回のもうひとつの目玉作品、≪手紙を書く女と召使い≫で、モーセの伝説が描かれた絵画を背に佇む召使いの女は、手紙を書く女の背後で窓の外に目をやっている。その表情は何かを興味深そうに見つめている。
笑顔とまではいかないけれど、思わずほころんでしまった、という感じの顔。
薄暗い部屋に、窓から昼間の穏やかな光が差し込んで、カーテンが白く透けている。
この時、<手紙を書く女>は手紙を書くことに余念がなく、ペンを握って視線は便箋におとしている。
<召使い>だけが見ることのできた窓の外には、何があったのだろう。

高校在学中、美大に入りたくて油絵を描いていたことがある。
たしか木製のあやつり人形とガラスの小瓶の絵を描いた。
油絵は塗り重ねれば塗り重ねるほど厚みを増していって、絵に深みが出てくる。なので、これで完成だ!と思っても、更にまた塗り重ねないといけない。
最初、あやつり人形の丸い手の部分を「ちゃんと描いた」気になって、せっかくいい感じの色合いになったのに、また重ねるのかあ…と思った私。
「これで完成だ!→塗り重ねる」を何度となく繰り返して、ようやくOKが出た。

よく見れば、最初の「これで完成だ!」が全然「完成」ではなかったことに気がつく。


今回の絵画展で、ちょっとふしぎだったのが、どの絵も子供が可愛くなかったこと(笑)。
誰の絵だったかおぼえていないのだけれど、(フェルメールではない)先生に叱られている子供なんて真っ赤な顔していて鼻もでかくてお世辞にも…(笑)。その隣にいて、絵の中ではセンターを張っていた少年なんか、口角が引きつったように上がっていて、この世のものとは思えない不気味な表情を浮かべていたし。あれは怖かった。
子供たちの身体は皆、なんだが異様にずんぐりしていて、奇妙。


今度はワシントン・ナショナル・ギャラリー展に行く予定。
初来日になるゴッホの自画像はもちろん、まだ生で見たことのないセザンヌの絵がとても楽しみ。
チラシに載っていた≪赤いチョッキの少年≫がとっても可愛いのです。
他にルノワールやモネ、マネ、スーラ…。おそらく観に行くのは「心臓破り」の公演後になると思いますが…。


リセット(大久保) - 2011.08.17 Wed

稽古のお盆休みも今日まで、明日からまた稽古が始まります。世間がお盆休みなのに自分はアルバイト三昧でした。おかげで体がガチガチになってしまい、このままではマズイと今日はプールに行って体をリセットしてきました。泳ぎが得意なわけではないですが、プールは昔から好きで。プールでプカプカと浮いていると体の緊張が解かれるのを感じます。力を入れたままだと沈みますし。

昨日、マッサージを受けたお客さんは体が硬く、というか横になっているのに筋肉の緊張が解かれないままで力が抜けないのです。なのでいくら押しても跳ね返されてしまいます。あとで職場の先輩に聞くと、そのお客さんは力仕事をずっとしている方だそうです。体が力を入れるものになってしまい、それが普通になって脱力した状態に戻らないのです。
自分も最近気付かずに上唇を噛む癖がついてしまい顎がいたいです。ガク然、ガク関節症になりそう。しかし、緊張状態だけでは体は悲鳴をあげます。稽古場でもよく緩急を指摘されます。どちらか片方では退屈になります。とにかく、そういう体をほぐせる技術が欲しいなと思うばかりです。

さぁ、明日からも頑張ります。か?

あぁぁ… - 2011.08.17 Wed


みなさんこんばんは(^O^)

盆休み前に体調を崩してしまい、2日間休んでしまった石畑です(ノ△T)
もうすっかり回復した。次はもう風邪をひかないようにしたいです。

はいっ!…、
この盆休みに入ってからというもの久々のそしてつかの間の開放感に浸っていました。

めっちゃ楽しんでます(o^∀^o)

現在3日連続で飲んでます(笑)

18日からは気持ちを切り替えていきたいと思いま~す( ̄∀ ̄)

お休みなさい(-.-)zzZ

危険な夜道(桂) - 2011.08.16 Tue

ちょっと前のお話です。

その日は深夜2時に外を歩いてたんですよ。
飲みの帰りで、眠いから近道しようって、暗い道を選んでしまったんです。

とりあえず、ひったくりにだけは気をつけねばと、鞄を握りしめて歩いていると、後ろから自転車に乗ったおじさんが来て、近くにデイリーヤマザキが無いかと尋ねてきました。

いや、無いですね、私の知る限り。
どうやら1時間近く探してるだとか。
もうそこのファミマでいいじゃない!と思ってると……

「あの、2万円あげるから、服の上から僕の胸触ってくれる?」


え、うちが触る方なの?!
しかもそれで2万円って、ワォ!!


でも、私もその時は結構焦ってしまって、「え、あ、それは遠慮します」とか言ってしまい。

何だ遠慮って!
触りたいけどやめときます、みたいな感じじゃないか!!
さーわーりーたーくーねぇーしっ!!!



あの時触ってたら2万円もらえたんだろうか…… 。


とにかく、皆さんも夜道は気をつけてください。
できるだけ明るい道を通ること!!

たからもの(山津) - 2011.08.14 Sun


今日は、DRY BONESお盆休み2日目。

昨日は、山田うんさんの『DICTEE』
という公演を観に行ってきました。

山田うんさんは、私のとても好きなダンサーで生きているという事すべてが踊りでそれだけでうんさんという存在だけでぎゅーっとなって涙が出てしまいます。

うんさんが語られる言葉はびっくりするくらい実感があってはっとします。
話す事や書く事は、カコから未来に遡って書いている。
ダンスは未来から逆流して言葉がある。
どっちも必要。
まだまだ練習中という言葉。。


まだまだぐるぐるしていて全然上手く書けませんが、この作品をみた事、私の中で大切に大切にしたいです。



今日の写真は!ちょっと昔になるんですが桂さんの後ろ姿を載せちゃいます。



追伸:今日で、チケットの先行予約終了します!普通より500円お得なのでまだの方はぜひぜひお急ぎください~
詳しくは公式HPをご覧ください♪


関西シネック - 2011.08.14 Sun

10月の公演の映像で協力していただいてる、近畿大学文化会映画部の平良さんからの告知です。

平良さんが長を勤める、関西シネックの上映会が8月28日(日)にイディペンデントシアター2ndで行われます。
関西シネックとは関西にある大学の映画製作クラブが集まって出来た集団です。今回は合同上映会ということで各大学の選りすぐりの作品が上演されます。お時間がある方は是非どうぞ!詳細は関西シネックのブログをご覧ください。

関西シネックのブログ

昨日の飲み会 - 2011.08.13 Sat


少し暗いですが、左から
保さん、山津、桂さんです。

山津は、半分かおがかくれてしまってますが…

保さん、中道さんから、色んなお話が聞けて楽しかったです。


今回は急だったので参加出来ない人もいたのですが、次回は全員集合できるとイイなぁ。

10時頃に解散し、保さん、中道さんと三人で二次会もしました(笑)



一緒にごはんをたべたり、飲んだりするとぐぐぐっと距離が近づく気がしますねヽ(・∀・)ノ

次回も楽しみです。

きく(山津) - 2011.08.13 Sat


今日は、お盆休みに入る前の最後の稽古でした。が、いつの間にか寝てしまいこの時間。
バイト休みだからできる事ですね。

稽古後、J氏と客演の保さん、中道さん、劇団員と飲みに。

J氏や客演の二人のお話を聞いていたりしたのですが、
保さんに「止まってる、休んでる」と言われどきりとしました。

私は、話を聞いているつもりでいたのですが、
確かに私にとって、話す事よりも聞く事の方が楽だからそちらを選択しているのかもしれません。
だからといって、聞いている人より話している人の方が偉いとは思いませんが。
また、私は、聞くにしても相手に上手く反応できていないのかなと客演の二人の方の横顔を見ていて思いました。


今日の稽古でJ氏が
「フリではなく、ちゃんと聞いていろ ちゃんと見ていろ」と仰っていて、
飲み会の席でもあったように、改めて、人の話を聞くというのは、見るというのは、どういう事なのかなと思いました。




今日の写真は!この間の宣伝映像撮影の時の。首を絞められているのが石畑くんで、首を絞めているのが直田さんです。
この二人は現在二年生で、前回の『光と、そしていくつかのもの RESET』の時からDRY BONES劇団員です。




追伸:今日から実家に帰ります。前々から楽しみにしている公演を観に行くつもりです。うれし~





昨日のこと(直田) - 2011.08.12 Fri


妖怪の手じゃないですよ?
まぎれもなく私の手です!



チラシにつけ足すことがあり、約1、2週間程かけて、みんなで約7000部のチラシ1枚1枚に小さなシールを貼っていました。
それがついに昨日終わりました!
するとシールがなかなか余ってしまい、捨てるのもったいないという話をしていたら、砂川さんがうまく活用してくれました☆
それが始めの画像です!
大久保さんは笑いながら「気持ち悪い」と何度も言っていました(笑)


とても丁寧に1枚1枚貼っていただいたので剥がすのがもったいなくて、しばらくこの手のまま過ごしていました。
すると…とっても不便なことが発覚しました!?
私はこのときまだお昼ご飯を食べていなかったので、いざ食べようと、パンの袋を開けようと思ったら、片手では開けることができず………行儀が悪いですが、口を使って開けることに…そしてパンは、無事に開封されて私の胃の中に
片手は不便ですね~


もったいないと思う私の性格のせいで、私はなかなかシール剥がそうとしませんでしたが、最後に砂川さんが剥がしてくれました☆

稽古前の楽しいひとときでした(笑)



明日からお盆休みです
私はしばらく、愛媛のおばあちゃん家に行ってきます!!

訂正(大久保) - 2011.08.12 Fri

以前のブログで吉田★社長を近畿大学舞台芸術専攻の二回生と書きましたが、本当は三回生でした。失礼いたしました。

百獣の楽園(桂) - 2011.08.12 Fri

top_img_20110716.jpg

昨日、稽古終りに学校の中を歩いていると、面白そうなチラシを発見しました。

「百獣の楽園」20011年7月16日(土)~8月28日(日)

京都国立博物館の特別展観のチラシでした!
題名カッコいいなおい!


でですね、このチラシの裏、特別展観の内容が書かれているところに、こんなことが書かれていました。

「日ごろ美術になじみのない方にも動物をモチーフにした作品は親しみやすいのではないでしょうか。夏休みの子供たちや海外からの観光客のみなさんにも、古美術の世界に親しんでいただけるよう、いわば博物館にすむ動物たちに、特別展示館で活躍してもらおうというのがこの展覧会のねらいです。」

なるほど。企画って、こういうものだな。
企画の対象者が明確で、時期も、内容も対象者に合致している。
そして、その企画後の効果も考えてあり。

計算してあるけどシンプルで、なんかチョット感動してしまいました。

芝居も、劇団の運営も、こうできたらなぁ。
具体的にどうとかはまだ明確でないけど、シンプルだけど合理的な事の連続というか。

うーん……

ああ、ボキャ貧!上手く言葉に出来ない!!
桂、頭よくねぇし!!
わかってるよっ!



夏休み、何か新しい発見を!と思っている皆さん!
是非、京都国立博物館に足をはこんでみてください!
京都国立博物館

そして、今年の秋は、芸術の秋だ!とお考えのそこのあなた!あなたですよ!
10月は是非、DRY BONESの芝居を見に来て下さい!
心臓破り 手品師の恋

不思議な仲良し(砂川) - 2011.08.12 Fri


稽古中の風景。
吉田くんと山津さんです。

このふたり、共演は今回が始めてのはずなのに、なぜか既視感が。
モゴモゴとボケる吉田くんに、鋭くかつ静かにツッコミをいれる山津さん。ふたりの掛け合いは見ていて面白いです。こんなカップル居そう!みたいな?


そう言えば、山津さんは前の日記で私を友達だと書いてくれてました(*゚ω゚*)嬉しや~☆
山津さんはとても静かな子で、サラッと的確なことをいうので、密かに尊敬しているのです。

DRYの3期で入団したのは私たちふたりと桂さんで、ラメラ、ボヴァリー、オカリナ、光と~の4回も一緒の舞台を経験しています。
歴代のDRYメンバーの中では一番長く一緒にお芝居しているのかな?
でも不思議な事に、プライベートで一緒に遊びにいく事はほとんどありません。
でも、仲はイイ。
不思議な関係ですが、お芝居をするならこのくらいの距離感がちょうどイイですヽ(・∀・)ノ

よっ!社長★(大久保) - 2011.08.12 Fri


今日はただ今稽古に参加中の方を紹介します。

自分(大久保)はとても愚痴の多い人間です。昨日も稽古後にヤバいな~、と愚痴っていると

ヤバいって口にださない方がいいよ。口にだすことで安心しちゃうことがあるから。

言われてみればそうかも知れない。自分は大変大変と言いながら行動が伴わない場合が多いです。愚痴をいう前に動けってことですね。
こんな全くな事をいう奴は誰だ!?
あ、吉田★社長か。な~んだ。彼は近畿大学舞台芸術専攻の三回生。今回は客演という形で参加中。写真でも分かる通り、何か食べてるのと寝てるのがよく似合います♪
こら!何時まで食べてんだ!稽古はじまるぞ!

忘れちゃいけない(山津) - 2011.08.12 Fri


今日は、11日。
震災から5ヶ月。
5ヶ月前も自主稽古でした。


時々、
私がDRY BONESに入って初めての公演『ラメラ』の時の事を思い出します。

私がその時、J氏から初めて受けたダメ出しが確か
「そんな事自分で考えろ!」でした。
それは当然の事でそれがどうとかいう事ではないんですが、時々ふっと思い出すJ氏の言葉です。

そういえば、『ラメラ』の台本を今回衣装の上島さんに『ラメラ』が終わった直後貸してまだ戻って来てません!


台本といえば…、
『心臓破り 手品師の恋』からDRY BONESのキーホルダーと台本を販売する予定です。
よろしければ、お買い求めください♪



今日の写真は!
砂川さん、すなちゃんの後ろ姿。
すなちゃんは、同じ時期にDRY BONESに入った唯一の同期です。友達の少ない私にとって多くの時間を共にした仲間だと(私は)思ってます(笑)



追伸:写真奥に写り込んでいるのは社長★吉田くんです。







おと(山津) - 2011.08.11 Thu


昨日のうちに更新しようと思ったのに…
つくづく私はナマケモノのようです。

昨日は、二幕を中心に、二幕、一幕、と稽古をしました。

大久保さんのブログにもあったように、
J氏のお話の中にあった
「日本語は一音一音が独立している」
という言葉。

日本語は、一音一音を正しく発音すれば、意味は通じる

言葉の音について前々から思っている事は、
話している言葉の一音は、音楽みたいに音符があるわけでもないし、また前後にくる音に左右されたり、一文字の中でもいろいろ変わったり、書き表したり伝える事が難しいという事。

でも私たちが生きている中には音符で表されない音がいっぱいあるはず。
その音を聞けるようになりたいなぁ。
聞けなかったとしても耳を傾けたいなぁ。



今日の写真は!
昨日の稽古終わりの空。最近稽古の終わる時間が早いので、空の色が変わっていくのが見られてうれしいです。



追伸:今日は自主稽古です!

一つ一つの音(大久保) - 2011.08.10 Wed

ガク然!!

ジャージの腰の紐を片方だけ引っ張ってしまって、もう片方がなかに入って取れない!なんで玉結びしなかったんだ!!なんでこんなブカブカのジャージしかないんだ!トレパンとジャージはなにが違うんだ!?



さ、そんなくだらないことはどうでもよいですが。今日も暑さに負けず元気に稽古でした。今日は、竹内さんが「ワレワレは宇宙人だ」と喉をとんとんやって喋る遊びをする小学生を見たと仰ってました。それを見て二つ思ったと、一つはあんなの竹内さんが小さい頃からあるやつで、やっぱ小学生馬鹿だな。全然進歩してないなということ。もう一つは日本語はあんなふうに聞こえるんだということ。つまり一音一音が独立して出来ているということ。「あ」と「い」があって愛になるということ。なので台詞は一音一音を意識しなければいけないと仰ってました。
一つ一つの音に意識を巡らせればその言葉の意味とイメージが自然と浮かび上がるのでしょうか。それが、良い音ということなのかもしれません。

にしても、子供が遊んでいる姿からそのようなことは考えませんね。自分は。一つの現象から何を見つけるかが重要ということなのですね。

では。このジャージの紐からも何か………

ハグの日(山津) - 2011.08.10 Wed


今日は、立ち稽古2日目。一幕から二幕の途中までを稽古しています。


J氏が稽古場でよく仰る「言葉」は、本当は当たり前の事で、バイトや日々生活している中でも実感します。
声の大きさや、高低、速さやタイミング、順序や付け加える言葉などそれぞれのお客さんにとってどれが一番いいだろうかを瞬間瞬間考えます。

私が利用するコンビニでとても気分が良くなる接客をしている人がいて、何でだろうと考えると、やっぱりお客さんの動きに反応してくれているからだと思います。

でも忙しいと、自分たちの都合ばかり考えてお客さんの動きに関係無く一方通行の接客になってしまう。

お客さんにとって自分の動きに反応してくれる(=人として見てくれている)という当たり前の事が一番
うれしいのかもしれません。




今日の写真は!客演の一人、原和代さんが、振付をされている舞台、真夏の極東フェスティバル『エダニク サブウェイ』のチラシ。
この他にもたくさんの舞台で振付されてる原さんが、今回役者として出演している
DRY BONES『心臓破り 手品師の恋』は必見デス。


追伸:まめに更新する事に決めました!(できるの…私、できるの……?)






空いている体(大久保) - 2011.08.10 Wed

竹内さんの稽古場では、相手からきっかけを取り行動するということが指摘されます。自分の都合ではなく外からの情報で自分を規定していく。これは、個人は本来周囲との関係(差異)で規定されるということなんだと思います。ただ、それが舞台に立つとなかなか出来ません。自分の場合は、自分の都合ばかりを考えてしまいます。自分の卑しさが骨身に染みますね。

外からの情報をキャッチするためにはまず空いている体か必要だと思います。手前味噌の野口体操でいえば、源初生命体という未分化まるごと全体の基本状態があり、必要に応じて足なら足が、手なら手が新たに生まれるということです。空いている基本状態でいられることが発見の第一歩です。

以前、友人に超秀才の勉強方法を聞きました。その超秀才は友人のそのまた友人で中国の方なのですが、全く予習をしたことがないそうです!そのかわり授業でならったものは全て覚えるというガク然の勉強法方!
極端な話ですが、これも空いているから新たなものが入るということなのかなと思います。子供の成績不振に悩むそこの奥さん。いかがでしょうか?中国四千年の歴史が保証していますよ。どうですか、奥さん!

肌で感じて!(桂) - 2011.08.09 Tue

110808_184723.jpg



昨日の夕方電気屋の帰り道で、セミと正面衝突してしまい、セミがそのまま胸にくっついてしまいました。
うおお!と思って、とりあえず掌に移動させて、さぁ、飛んでけって!かまえたのですが、中々飛んで行かず。
そのまま10分程度、セミとお散歩することになりました。

掌に、というか指先にセミを乗っけていて思ったのですが、セミのお腹から細かい振動が伝わってくるんですね。
それがなんか妙に面白くて。
おお生きてる生きてる!って感じ。

芝居でも、こういう事をするのかなと、ふっと思いました。

相手の振動、生きているっていう事に触れる。
手でなくても、空気で肌で感じる。
相手と芝居するにあたり、現象的な事じゃなくて、そういうところもキャッチできたらなぁ。

一人芝居になりがちな私は、セミを指先に乗っけながら帰り道反省会なのでした。




セミと一緒にお散歩して10分、最終的に、セミが私の手にストロー(?)を刺そうとしてきたので、そこら辺の電柱に預けて終了。
なんか中学の時もセミを手に乗っけたらストロー刺してきたような。
うちは木じゃねぇし!

スタートから-1.8kg
前の日記から-1.4kg
でも、今日友人と焼き肉に行く予定なので、増えます。
ぎゃー!!

時間が交差する場(大久保) - 2011.08.09 Tue

自分のアルバイトはマッサージなんですが、商売柄「待ち」の時間があるんです。そうするとそこにいる人と自動的に喋る時間がありまして。先日は、63才の方(男性)のナンパ経験を聞きました。それがまぁーガク然!!
1日50人に声をかけると自らにノルマを課し修行に励んだという。ここには書けないような高等テクニック、体験談の数々!歩いてる女性は全部自分のだと思っちゃう。生きる目的もなくナンパ一筋でした。など、名言の数々!こんな人がマッサージしてるって危なくないのか!!
だけど、聞いてると時代の差を感じますね。話に出てきた個室喫茶なんて見たことないですからね。今で言ったらマンガ喫茶なんですかね?そのポジションは。あ、でも最近は扉が閉められなくなってますから、あれですね。そういうあれは、その、なんですね。その場にいた35才の方はナンパはそんなにしたことないと言ってました。が、二回結婚し損ねた言ってました。あ、その猥談おじいちゃんは結婚は二回だそうです。
いろいろな時間を背負った人間が行き交う場はやはり面白いです。
10月の公演は客演の方や、大学入ったばかりの子まで、もちろん竹内さんを含めDRY至上最大の年齢層の広がりを見せています。きっと面白い場になるのでは、と稽古中です。

存在しないもの(山津) - 2011.08.09 Tue


今日は、立ち稽古初日。読み合わせの時には考えが及ばなかった事がいっぱい出て来ます。


この前の稽古の時に
J氏が、内田樹さんの「最終講義」の文章を紹介して、
「私たちはいつも<存在しないもの>とかかわっている」
という話をした。
音楽も、対話する事も、思考する事も、人間であるかぎり。

少し前に、授業のダンスのレポートについて考えていて、身体で雄弁に語る事ができたら、言葉なんていらないんじゃないか。そもそも言葉って何だろう、身体って何だろう
という謎が出てきて
この話を聞いて少し繋がったような、よけいわからなくなったような。




今日の写真は、今回、造形芸術専攻の菊池晶子さんにデザインしていただいた、チラシ。


追伸:先行予約、残り一週間を切りました。
まだまだお待ちしております♪

先行予約、あと1週間! - 2011.08.07 Sun

DRYBONES第五回公演、『心臓破り 手品師の恋』の先行予約が始まっています。
8月14日(日)までにご予約いただくと、大人(前売り当日とも)2000円のところを先行特別価格の1500円でご覧いただけます。

【予約方法】DRYBONES Official Siteのメールフォームか下記のアドレスに、ご氏名、観覧日時、枚数、連絡先をご明記のうえ、送信してください。

DRYBONES Official Site
≫ http://drybonestj.futene.net/ (PC)
≫ http://nanos.jp/drybones/ (携帯)

メール予約
≫ drybones_tj@yahoo.co.jp


また、同時期に近大会館特設劇場(http://www.kindai.ac.jp/about/kyoiku-shisetsu/kindai-kaikan.html#map
)にて行われる、尼崎ロマンポルノの「ラブホテルジプシー」と、特別企画『あまドラ舞台割』を実施しております。
公演の半券をお持ちいただくと、もう一方の公演を、当日券の値段より500円割引きでご覧いただけます。

ぜひそちらもご利用ください。


また、DRYBONES公式Twitter(drybones_tj)もやっております。

よろしくお願いします。

大人になれない子供(山津) - 2011.08.04 Thu


今日は、読み合わせの二日目。

客演の保さん原さん中道さんとご一緒して、というか、日々生活している中でも、自分が子供だという事を実感します。

歳を重ねている人にはにじみ出るものがあって、それが素敵、で、可笑しかったりニヤニヤしてしまいます。
でもそれは自分が子供だという前提があるんですけど。

J氏の言葉の中に、
いつからか「断定する」事ができなくなって、「話している人が自分でも迷いながら考えながら話す」という事が多くなったとおっしゃっていて、確かに、と思った。


関係ないですが、最近ゾロ目の時間をよく見ます。ゾロ目だけじゃなく、1234、とか。
考えると、どの数字でも関連づけられる気がして
全ての数字に意味があるような気がしてきます。



写真は、この間の宣伝映像撮影の時の。
カメラを構えているのが、映画部のたいらさんで、撮られているのが、社長★吉田くんです!
気になりますね。ぜひ劇場へおこしください♪


職人の仕事 - 2011.08.03 Wed

今朝、小阪のわが邸宅に、業者がクーラーの取付に来た。
最初に30代半ばと思われる兄ちゃんが来て、少し遅れてわたしと同年輩のおじさんが登場。年齢はもちろん、その風情から当然このひとが親方だろうと思いきや、若い方が、「違う違う」と結構きつい口調でダメ出しをしている。うんおっさんはバイトかと思ったら、若い方、おっさんを店長と呼んだ。どういうことだ3分ほどでこの不可解な謎が解けた。二人は親子だったのだ。いや、真実かどうかは分からない。彼らの仕事が終わったら聞こうかとも思ったが、人見知りのわたしにそんなこと、出来ようはずがありません。

小一時間ほどかかったその作業をじっくり観察。この間、ふたりが交わした言葉は多分10コほど。主役を息子にまかせた、親父の脇役ぶりに感心する。ゴミなど出るとすぐに片付ける。1秒たりとも休むことがない。彼らの仕事ぶり、学生諸君に見せたかった。舞台の仕込みやバラシの時なんて、時間の半分くらいはボーっと立ち尽くしてる彼らに。
ま、踏んでる場数が違うわけだから、比較するのも酷な話だが…

なんにせよ、無駄のない動きは美しいもので、わたしが今朝の二人の息子だったら、文句なくわが父親を尊敬するだろう。

そんなわけで、他人を汚い部屋に上げるわけにもいかず、昨日の夜、久しぶりに掃除をしつつ、NHKのニュースを見、そのままにしていたらドラマが始まった。わたしはもう何十年も、テレビドラマをちゃんと最初から終わりまで見たことがない。なぜ面白くないから。

やっていたのは、向田邦子原作「胡桃の部屋」。あまりのことに驚く
出て来る俳優出て来る俳優、チョー下手竹下景子、ほんとにひどい。顔で説明し、物言いで更に念押し。他は推して知るべし。ネプチューンの原田なんて、ダメな素人
でも、結局演出家なんでしょう、ほんとにダメなのは。原作の古さばかりが目立って。
原作の忠実な再現がコンセプトだバカ言ってんじゃないよ、やんなきゃいけないのは、いまこれをどう読むのかって、その提示であり表明だろ。

いろいろ問題はあれ、やっぱり和田勉だの久世光彦だのは、ちゃんと職人の仕事はしてたよなあ、と思った。

さすがに話の作りに瑕疵はなく、この先どうなるんだろうと気にはなったが、どうにも我慢が出来ず、結局10分ほどでチャンネルを変えてしまいました、とさ。

始動! - 2011.08.03 Wed

昨日は近畿大学の映画部さんに今回の公演の宣伝映像を撮っていただきました♪

色々な映像をとりましたが、どんな映像かはまだ先のお楽しみです
正直撮られた私自身もどんな感じになるのか想像もつきません
後期の授業が始まる頃には学校で流れると思うので、よければ足を止めて見てみてください




そしてついに今日から本番用稽古です!

今日は顔合わせ+読み合わせがありました
そしてもちろんCAST発表も…

今回は客演の方がたくさんいらっしゃるので、どんな稽古になるのか楽しみです

これから約2ヶ月間よろしくお願いします!!

フロント - 2011.08.02 Tue

パソコンは疲れます。いまもずいぶん長い文章をここに書いたのですが、なんかどっかを押したらしく、全部消えちゃった。哀しい。哀しすぎる。なにかいわれのない処罰を受けているよう。
そんなにわたし、悪いことをしたのでしょうか。

昨日は、大学の仕事に忙殺される。朝の7時から夜の6時まで、一日中研究室のパソコンと格闘。
前夜は、というか、まる一日寝ないで「心臓破り」を書いていたので、本当は研究室で仮眠をとるつもりだったんだけど ……

函館で内田樹の『最終講義』を読んだ。
内田氏はわたしの10倍以上の原稿を書き、あちこち講演もしているようで、どう考えても、わたしより100倍くらい忙しそうなのに、勤務する大学で長く教務の委員長をやっておられたようだ。あんたはエライ! ほんとにエライ!
 前述の「大学の仕事」は、わたし、去年から文芸学部の就職対策委員長をやっていて、その仕事だったんですが、まあ、この程度の仕事で疲れるなんて言ってたら、内田氏のことを思えば、それこそバチがあたります。教務って言ったら学部の要で、もう大変なんスから。

その『最終講義』では繰り返し「フロント」という言葉が語られる。「ミッション」という言葉も何度か出てくる。
さっき書いて消してしまった文章では、その一部を引用したけど、もう面倒だからしません。
簡単にまとめてしまうと、研究者はフロントランナーの自負をもつべきなのに、それがない。いったい誰のために、なにを背負って研究をしてるのか、それが分からない研究、研究者が多すぎる、と、まあ、こんなとこです。

研究者を「作家」や「演出家」や「映画監督」に変えても同じだと、わたしは思います。

この間WOWWOWで見た、去年だか一昨年だか話題になった「告白」がまさにそんな映画でした。
なにが言いたいの? 誰に見せたいの? という映画で。そりゃ、映画で描かれている中学生です、その親たちですというかもしれないが。ダメでしょ、こんなの見せたら。

ひとことで言うなら、陰惨な映画。話の内容ではない。いや、確かに救いようのない話ですが。

こんな映画も珍しい。だって登場人物の誰一人、観客のシンパシーを誘わないのだから。いや、わたし、かわいそうで泣きました? そういうあなたの方がわたし、かわいそうだと思いますが。

監督はどこまで意識してるんだろう。殺される(事故死?)子供の親はシングルマザーで、殺したふたりの中学生のひとりの男の子は、両親が離婚していまは父親と暮らしてて、もうひとりの男の子の家庭も、父親は仕事で忙しく(?)ほとんど家にいないので、ほとんど母子家庭状態、と。まるで両親のいない家の子供はろくでもない、みたいにとれますが。ひどい差別。こういう、いかにも分かりやすい意味づけって陰惨な思考回路だとおもうのですが。どうなんでしょう?

やたら血が流れ、飛び散る。ジャンル的にはホラーということでいいのでしょうか? でも、わたしはこれを「陰惨」と評しているわけではありません。おびただしい血=穢れを覆い隠すかのごとく、やたらとメルヘンチックなカット・シーンがあるのです。シャボン玉が飛んでます、みたいな。いまどきシャボン玉ってドウヨって感じで笑っちゃいましたが。
陰惨だと思うのは、こういうバランスのとり方です。「卑しい」と言ってもいいかも知れません。

やたらとスローモーションになるのも陰惨です。
H・ホークスが、ここというところになると必ずスローモーションになる、ペキンパーの「ワイルド・バンチ」を評して、「やつが10人殺す間に、俺なら100人殺して見せるだろう」という意味の、カッコイイ悪態をついたのは有名な話ですが、「告白」は多分100分を超える長さの映画だったと思いますが、ホークスのような天才ではなくても、普通の美意識をもったフツーの監督なら、この映画、1時間たらずにまとめたはずです。

かくも陰惨な映画を、褒めたたえた観客、マスコミ、批評家たち。どういうひとたちなんだろう?
観客はともかく。監督も批評家諸兄も、自分がフロントラインに立っているという自負もなく、また重要なミッションを与えられているという使命感もないのでしょう。観客もねえ、もう少し力を入れて見てほしいですけど。

くしくも。なでしこジャパンの司令塔、沢穂希は、若い選手たちを「苦しいときはわたしの背中を見ろ」と言って鼓舞したという。

なんという男前だろう!


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