topimage

2011-06

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

桂改革実施のお知らせ - 2011.06.30 Thu

次回10月公演、『心臓破り 手品師の恋』に向けて、肉体的な改革を行う。

【目的】
①見た目の改善 ②体力をつける

【目標】
次回公演までに、体重-10キロ(え……)

【内容】
毎日(多分)、夜に(主に稽古の後に)近所の公園にて、ウォーキング、ジョギング、馬跳び、反復横とびを行う。……予定
帰宅後すぐに体重を計る。
晩御飯は運動前に済ませておく。

-------------------------------------------------------------------------------

と、言うことです。
本当に出来るんだろうか?
三日坊主に定評のある桂に!!


いやでも、ブログに書いちゃったからな!やらなきゃな!


ちなみに、ブログを書くごとに体重が増えたか減ったかを報告していこうと思います。

では、今日の体重、ひfhghキロを0として、-○○キロ、というように報告していきます!
頑張るぞ!!

スポンサーサイト

日常 - 2011.06.26 Sun

今週私は携帯を点検&修理に出していて、代機の携帯で過ごしていました
その代機は母と同じて、母は初期設定から何も変えてないので、メールやアラームの音が同じて紛らわしいと怒られたり…
代機の携帯は少し古く、サイズの大きい画像が見れないことがたびたびあったり…
ネットの反応が遅かったり…
操作が違ったり…
なかなか落ち着かない1週間でした
しかし!
今日とうとう返ってきました
しかもカバーが新品に
携帯は約2年使っているんですが、でも5、6年ぐらい使っているかのようなぐらいボロボロだった私の携帯が新品どうように
データも消える可能性があると言われていましたが、無事に返ってきて…
本当に嬉しかったです!!!

アドリブナイトでネムレナイト - 2011.06.25 Sat


昨日まで「アドリブ・ナイト」(2006)という韓国映画をよく観ていました。

というのも、この映画について文章を書こうともがいていたからです。こう書くと、普段から映画をよく観ていて、知識も教養もあるのかな。とか思われるかも知れませんが、自分は全くそういう人間ではありません。腐ったキャベツみたいな人間です。なので、ただただ眠れない夜を何日も過ごすことになってしまいました。自分の頭の悪さを自覚するばかりでした。

ガク然。

しかし、せっかくなので映画の紹介をします。

ソウルの街で待ち合わせをしていた女、ポギョンが知らない二人組の男に声をかけられる。ミョンウンじゃないか? 彼らはミョンウンの父が危篤状態なので家出したまま消息を絶っているミョンウンを探しにきていたのだ。人違いであることが分かると、二人組の一人がミョンウンの代わりに来てくれないか? と彼女に意外な依頼をする。こうして、彼女のアドリブ・ナイトが始まる。一夜の経験を通して女の心が少しだが再生する姿を淡々とした語り口で物語る。

監督 イ・ユンギ
主演 ハン・ヒョジユ
原作 平安寿子『素晴ら   しい一日』所収
   「アドリブ・ナイ   ト」

お話自体にはインパクトはないのですが、この映画は会話してる人間、特に聞いてる側の人間。その場、空間自体。人間関係自体を上手く映すように心掛けられてる。じゃないかなという気がしまして勝手に興味深く観てました。田舎に合宿に行ったような気分にさせてくれる映画です。つまらんと感じる方も多数いるのではと思いますが。暇すぎで暇すぎて寝るのも嫌だ! という夜を迎えている方がいたらどうぞ。

ちなみに、ポギョンを演じてるハン・ヒョジュめちゃくちゃタイプです。どんぴしゃです。幸が薄い!

笑ったり怒ったりラジバンダリ - 2011.06.23 Thu

ちょっと必要があって、ネットで「わたし」を検索した。
あれはなんなんだろう竹内のデビュー曲とか竹内に憑きそうな悪霊とか、そんなことが書いてあって、それが結構的を射ていて笑った。
わたしに憑きそうな悪霊の誘い文句は、「仕事手伝おうか」らしい。当たってる最高に笑ったのが、わたしの座右の銘で、「ビールは生に限る」ビールはあんまり飲まないんだけど。
あと、種々の年齢はというのがあり、肉体年齢は5歳で、会話年齢は89歳だという。5歳の肉体というのは若々しいということか、それともしゃきしゃき動けないということか。89歳の会話年齢というのは、まともな話が通じないということか、それとも深淵で思慮深いということか
恋愛年齢はなんと21歳嬉ぴー

わたしの戯曲集「ひまわり」に3000円の値段が付いていた。と思ったら250円というのもあった。どういうこと

某地方都市の公共ホールがわたしに無断で「月ノ光」を上演していた。ホール主催で、パッと見た時は、ワークショップの発表会のようなものかと思ったら、しっかりお金を取ってた。高校の演劇部やわたしの専攻の授業発表のような無料公演だって、いくばくかの上演料を払っているのに。
わたしは基本的に、自分の戯曲をわたしの知らない人たちが上演してくれるのは、とても有り難いことだと思っているので、永井某さんのように、一字一句直すなとか、三谷某さんのように、上演まかりならんなんて下らないことは言わない。だけど、上演するなら断れよ。ましてや公共ホールだろ、法律無視はマズイんじゃないの正式な名前忘れたけど、松本市の公共ホールさんよ。分かってるあんたらちょっとした泥棒さんなのよ。

何と - 2011.06.22 Wed

次回客演で出てくださるピッコロ劇団の保さんが稽古の見学に来てくださいました☆
保さんがいらっしゃるということでいつもより緊張してしまいました
帰りは急いでいたらしく、お話する間もなく小走りで帰っていかれました
そんなギリギリまで、ありがとうございました!




話は変わりますが
私は今授業公演で一場面を演出することになりました!!
が、正直困っています…
私は想像力も乏しく、自分の意見を言ったり説明したりすることがとても下手くそです

演出をするということになってから、竹内先生をとても意識するようになりました
どうすればいいのか
日々先生の技を盗もうと考えてますが、当たり前ですがまぁそうは簡単には行きません

授業中に他の人の演出を見たり、M先生の話や演出を聞きますが、正直やっていけるか不安です…

早く竹内先生のように上手く例えたりして、役者さんに上手く伝えられるように努力したいと思います。


挫けず当たって砕けます!

Best/Better - 2011.06.16 Thu

この間、電車でおにぎりを食べていたら、知らない人にじろじろ見られたけど、睨み返す事を最近覚えました。山津です。


相手の動きを受けて返していく。


稽古中、その瞬間、瞬間をBest/Betterな選択をしろ、というような事をJ氏はよく言う。

それは、実際、日常生きている中で私たちが無意識にやっている事で。


私たちは常に選択を迫られている。でも、日常生活で「正しい」事を選択するのは、苦しかったり、しんどかったりする。


選ぶ事によって、大切なものが抜け落ちてしまったり、忘れてしまう事もある。。




フリーダムに生きられるか - 2011.06.15 Wed

先々月亡くなったキャンディーズの田中好子さん、ふっくらした笑顔が可愛くて、三人の中では1番好きだった。私はもちろんキャンディーズ世代ではないけれど、真っ赤なワンピースを着て「年下の男の子」を歌って踊る彼女らの映像が大のお気に入りで、よく鑑賞していた。
彼女の訃報を聞いてから、ニュースでは連日キャンディーズが取り沙汰されており、ステージ映像に加えて過去の記者会見の映像も流れていた。記者に何か質問される田中さん。
違和感をおぼえた。彼女の「たたずまい」に、だ。たしかその時の彼女の年齢は20代前半~半ばだったと思う。違ってたらゴメンなさい。今私は23。同じくらいだ。この違いは何だろう。


小津安二郎の『秋刀魚の味』に出演していた岩下志麻さんのことを思い出す。作中では最初、嫁入り前の設定なのに、もう子供が2、3人はいそうだ。断じて、断じて、「老けている」とかいうネガティブな意味ではない。初めて彼女を目にした時、世の中にこんな美しいひとが!と驚嘆した。私の中では、今まで見た日本人女性の中で1番と言っても過言ではないくらい。その辺を歩いていたら絶対に振り返ってしまう。ついていってしまう。
おそらく役も実際の彼女も20代前半~半ばくらいだと思うのだけれど、今の二十代の女の子とは比べようのないほど落ち着いている。女の子じゃない、まごうことなき、女性。
田中好子さんに感じた違和感も、これに近いものだった。


若い人も、お年寄りも、幸か不幸か、昔に比べて若返っている(幼くなっている)気がするのです。もちろんすべての人がという訳ではなく、全体的に。
あれ、でもお年寄りが若々しいのはいいことなのかな。長い月日を経ているからこそ、逆に「チャーミング」ともとれる。でも若いひとが若いっていうのは単に幼いってことだもんなぁ…と自分にとっても耳の痛い言葉。


以前、就職活動をしていた時、「どこにも決まらない」「どこへ行ったらいいかわからない」という話をよく耳にした。 また殊更に「あの企業はブラックだ」と一部の業界を回避したり、吟味に吟味を重ねながら頭を悩ませている。
でも裏を返せば、悩んでいられる、選んでいられる余裕があるということなんだろうな、と思う。明日にでも自分が就職しないと一家が路頭に迷うとか、家業を継がなきゃいけないとか、そういう切迫したもの、つまり危機感がない。他によって執拗に何かを強いられたり、ひとつの道を強制されることがない。
何を隠そう私自身も、「芝居か就職か」などと悩んでいた親不孝者なのです。
「すべき」「しなくちゃいけない」を言うのはナンセンスとでも言わんばかりに、選択肢が、ゆき場のないほど溢れ返ってるように思う。焦点が定まらない。あまりにも多いから、どれが自分にとって最良か、吟味せざるを得なくなってしまったみたい。
制限から解放されたはいいけど、解放された途端、立ち止まってしまった気がする。
「1番幸せな道はどれか」を吟味しながら、とりあえずはスタート地点でうろうろするしかない。大学を卒業した時点で、「うろうろ」をスパッとやめられる人もいれば、なかなかやめられない人だっているんじゃないかな、とも思う。

ちゃんと「歳をとること」が難しくなってるような気がする。
もしかしたら「強制」が不安を解きほぐすこともあるのかもしれない。
でも、強いられることに慣れない生活を送って来た人からしたら、どうしてもそれに収まるのが嫌で欲を出してしまうのかなぁ。


自由過ぎて路頭に迷うなんて、ありがたいんだかそうでないんだか…。


時には、「すべき」「しなくちゃいけない」が自分を助けてくれることだって、ある。

…というのはあくまでも私の思ったことなので、「はぁ?」と思われた方、ゴメンなさい。


忘れちゃいけない、「ちょっとゴメン」。




動詞同士 - 2011.06.11 Sat

 昨日、小津安二郎のサイレント映画「生まれてはみたけれど」を観ました。登場する子供達の演技の精確さにガク然としました!目線のやり取り、歩く、立ち止まる。その単純な動作のやり取りが、物語や人物の関係性など全てを表します。約1時間半あっという間でした。
 ドライボーンズの稽古では、そのシーンで相手とどの距離に居たら良いのか、何を見ていたら良いのか細かく意識することが求められます。これは先の映画のように演劇も考えられるということなんだと思います。
 そんなドライボーンズは、只今、竹内さんが大好きな岩松了さんの『月光のつゝしみ』でワークショップ中です。竹内さん曰く、世界を動詞で語る岩松さん。まさに、という感じです。

れんびん村の住人たち - 2011.06.09 Thu

今日も河内小阪駅前商店街に、あの度し難い歌が流れている。

わたし今日失恋しましたぁぁ

なにが度し難いって、日本語のイントネーションとリズムを無視したメロディもさることながら、ま、あのしなだれかかるような歌声ですね。わたしかわいそうでしょ、かわいそうなわたしって可愛いでしょ、とでもいいたげな。あの歌を聞くたび、そんなうざいこと云ってるから振られるんだ! と心の中で怒鳴っている。

そんなしょうもない歌声をバックに、凄い台詞を聞く。
登場人物は、自転車に乗った推定年齢57歳のおばはんと、後部が荷台になってる三輪車に乗った推定年齢78歳のおばあさん。
おばはんがわたしの脇をすり抜けて、おばあさんの背後からこう言った。

えらいこいでどこ行くの?

この台詞の凄いところは、普通なら、どこ行くの? だけでいいところを、「えらいこいで」という、いかにも大阪味な笑える修飾句をわざわざつけてるところ。

が、ここでわたしが書きたいことはこのことではない。
わたしの演出がかなり細かいことは、わたしにかかわった俳優なら誰でも知っている。
わたしが執拗に指示することの大半は、立ち位置と距離についてだ。
例えば、先に挙げたおばはんとおばあさんのワンシーンがあったとして。実際あったように、おばはんが背後からいきなり声をかけるような芝居をしたら、わたしはNGを出すだろう。なぜ並んでから声をかけないのか、と。そんなことしたら相手がびっくりするだろう、年寄りだし死んだらどうすんだ、と。

なぜおばはんはこんな通常のひととひとのあるべき距離感を無視したようなことをし、なぜおばあさんはさほど驚きもせず、この非常識を受け入れたのか。
答えは簡単だ。彼女らにとってこれがフツーだからだ。というか、この距離感のなさがうれしいのだ。肩を寄せ合ってる実感がたまらないのだ。

このブログにも転載した「悲劇喜劇」に書いたわたしの文章を読んだ岩松さんから、読みましたというメールが届き、それに、そのメールが来たとき研究室で見ていたH・ホークスの映画「暗黒街の顔役」(傑作!)の主人公の妹がいかにも岩松さん好みの女で云々と書いて返信した。
むろん、そう思ったからそう書いたのだが、改めて、岩松さん好みの女ってどういうんだろ、と考えて。
結論。純情で性悪で幸薄い女ではないか、と。

授業で松尾スズキの「さっちゃんの明日」を見る。もうずいぶん彼の芝居とはご無沙汰で、なぜかっていうと、率直にいえば、手の内もう分かりましたと思ったからだが、久しぶりに見る(といっても時間の都合上、半分しかまだ見ていないのだけど)松尾くんの芝居、面白いと思った。
松尾くんの芝居に登場する女も、純情で性悪で幸薄そうだが、それにもうひとつ、下品が加わる。

岩松さんの芝居も松尾くんの芝居も、わたしはとても美しいと思っていて、その理由はいくつもあるけれど、純情はともかく、性悪で幸薄くさらに下品なこのねじくれ女は、フロベールではないけれど、「これはわたしだ」と云っているような潔さがあり、わたしはそれが美しいと思うのだ。

先日見たピッコロ劇団の「蛍の光」と決定的に違うのはここだ。と比べるのも鼻白むのだが。
ひとことで云えば、この舞台から聞こえていたのは、あの気持ちの悪い失恋ソングと同様、自己憐憫の歌声だ。
わたしかわいそうでしょ、でも、可愛いでしょ、という。
岩松さんや松尾くんの芝居には、気持ちがいいくらいこの自己憐憫がない。いや逆に、もしかしたら、究極の自己憐憫が語られているのかも知れないが。

気持ちの悪い歌う失恋女は、年をとったらきっと、背後から「えらいこいでどこ行くの?」と平気でいうようなおばさんになるのだ。わたしと他人との距離感も、わたしとわたしの距離感もないという点で、ふたりは同じ村の住人だし、「蛍の光」に手もなく感動してしまったらしい観客もまた同様だ。

わたしが大好きなひとたち。わたしと似ていないひとを認めず排除しようとするひとたち。
わたしは彼らをこう名づけよう、「れんびん村の住人」と。

ところで誰なの? あの気色の悪い失恋ソングを歌っている女?





三十路 まであと… - 2011.06.09 Thu

ロゴ作成たのしす
あっ、たのしすって言っちゃった(笑)

たのしす(~す)。という言葉…、いつ頃流行ってたか忘れたが、その当時(中学or高校のころ)何故か使いたくなっていた記憶がある。よ~し!使おう!、と何度となく思ったのですが、とにかく響きがかわいすぎてムリっ!!!ってなってました。なんか自分は印象が柔らかいものが好きらしいのです。

でも体つきがこれなもんで、G・A・Pがありすぎるのです。
…スペックはただ一言、残念につきます。


しかしやはりG・A・Pは適度がいいですね。
ちょっとギャル→勉強できるはいい流れです。(おっさんかっ!おっさんだ)




とまぁ話が脱線しましたので戻ることにしましょう。
最近は時間の流れの速さに驚くばかりです。さっきのたのしすの件もしかりですが、すぐ前までは新鮮だったはずのあの記憶が遠い遠い過去のものになっています。

皆様は知っていますか?一秒がどれだけ早く過ぎていくのかを。


稽古で毎日30秒を数えるのですが、それにより私あることに気づきました。今まで思っていた30秒…それよりも正しい時間の方が2倍は早く感じるということに。これは自分にとっては驚愕の事実です!! 自分の体内時計がいかに狂っていたかを知り、そしてこれからは実際は今までの意識の2分の1日しかないという事実をいままさにつきつけられたのですよ!!(厳密に言えば1ヶ月半前です。)

もうびっくりです。

2分1日しかないこと。いや、それ以上に勝手に倍の遅さに時を数えようとしてた自分の体に。


俺の体は全身で老化を拒否している…ととらえても違和感なし。

そんなに20がイヤかっ!!!

まぁいやですよね…。全然自立もできてないのに20なんて…。


早く稼げるようになって、生活費の全てを自分で払えるような男になりたい。
…だってなさけないじゃないですか。
でも、その半面、夢を追い続けたいとも思う。
その2つの願いが重なる日が来ることを願って、頑張っています。頑張り続けます。

なんかいやな気分で20才を向かえたくないので、カウントダウンをすることにします。

20才まであと…………………………………………………………………1ヶ月ちょっと。(適当か!!!)
とまぁ〆はこんな感じで(笑)

読んで頂いてありがとうございます
お疲れさまでした。

とりあえずロゴは9個作りました(笑)
一個はちょけです

それでは皆様お休みなさ~い




誰か教えて - 2011.06.07 Tue

この前も書いたのですが。書いたものが、というか、別のところに書いたものをコピーしてここに転載すると、文章の一部というか、かなりの部分が飛んでしまう。「悲劇喜劇」に書いた文章もそう。昨日の夜、途中が飛んでるのを発見し、その部分を書き足した。で、いま見たら、今度は後半部分が消えている。
なぜだ?

しつこいけど、もう一度チャレンジ!


劇(戯曲)、動くもの。
     「蒲団と達磨」(作 岩松了)に触れながら
                         竹内銃一郎

本は動かなければいけない。これは池袋の書店の壁に掲げられていた、生物学者の福岡伸一の言葉。ならば、劇=戯曲においてをや?
 動いているとは、生きているということ。だから、と続けるといかにも短絡的だが、お題をいただいてわたしが真っ先に考えたのはこのことで。
 すでに亡くなっておられる作家、ご存命ではあるけれど、失礼を承知で記せば、実質すでにもう終わってしまっておられる作家、わたしよりずっと若いけれど、変わりばえのしない作品・世界を描き続けて飽きない、動かざることゴルフボールの如き作家の作品は除こう。それに、入手困難な作品を除き、外国の同時代作家のほとんどを知らず、自作を挙げる図々しさを欠いているとなれば、あとはもう岩松了氏の作品しか残らない。
 生きているとは、新たに生まれつつあることであり、新たにうまれつつあるとは、刻々と変化・変貌を遂げているということだ。ここにきての氏の作品ごとに示す変化・変貌・変幻ぶりは、「大丈夫?」と声をかけたくなるほどの、無謀というべき激しさである。わたしをして新作を心待ちにさせる作家は、目下のところ氏をおいて他にはいない。
 これだけではない。動くこと=運動的なるものは、不安定・不均衡によってもたらされるのだが、たとえば、氏の初期の傑作「蒲団と達磨」は、その運動的=不均衡なるもので満たされている。断るまでもなく、作品自体もきわめて運動的なのだ。冒頭のト書きからすでに氏特有の世界が提示されている。
舞台には、黒い紋付を着た妻と寝間着の夫(不均衡①)。ふたつの蒲団が敷いてあるのでそこはふたりの寝室なのだろうが、なぜかカラオケセットが置かれてあって(②)、「さらに、異様と言うべきか、ふたりの間、部屋の奥の方に、体をエビのようにくの字に曲げ、夫婦に背を向け、横たわっている男がいる」という(③)。夫は新聞を読んでいて、妻は急須にポットのお湯を注いでいる。
かってわたしは、「岩松さんは世界を動詞で描くのだ」と書いたことがある。立つ、座る、歩く、新聞を読む、お湯を注ぐ、等々の動詞によって示される行為の具体の連なりと、人物たちの登場・退場による、その場の空気の濃淡の変化が醸し出す滑稽と哀切が、氏の劇のすべてなのだ。
「静けさは、時の深さを告げるよで……」。夜も更けているらしい。ふたりの沈黙がもたらすそれなりの緊張感。その中で、ふっと洩らされるため息のような次なる言葉が(④)、この劇の最初の台詞だ。

夫 これは、夕刊じゃないな……

 以降、まるで石ころだらけのグランドでなされる野球のように、イレギュラーバウンドめいた、ズレと間違いと勘違いな台詞のやりとりが続き(不均衡の連続!)、夫の招きでやって来た妻の前夫の次の台詞で、この過激な劇の幕はおろされる。

小松 ……アチャー…… いい天気になりそうだな……

 わたしたちは、語るべきこと、語りたいことの多くを語ることが出来ない。言葉は常に思いとすれ違うのだ。とはいえ、なんという無意味! こんなにゆるい、舐めたような台詞で始まり終わる劇の書き手が、他にいるだろうか。
舐めている? なにを? それはおそらく、多くの作り手や観客たちが疑う余地のないものとしている、「劇的なるもの」のすべてをだ。
笑いがなければいまどきの芝居じゃないよね、とか。いやいや、演劇にはやっぱり高邁な思想や社会(批判)的なメッセージがなければ、とか。演劇・戯曲の生命線は台詞だから、言葉遊びって劇の本流だよね、とか。劇って非日常的な世界を描くんでしょ、お客様は神様です、誰が見ても分かって楽しめるものじゃないとね、テンション、テンション! 「演劇の底力!」、等々。
 動くということは、信じない、ということなのだ。
 氏の数多ある作品の中から「蒲団と達磨」を選んだのは、たまたま最近、勤務する大学の授業で取り上げたからで、他に理由はない。なんでもよかったのだ。というより、ひとさまに薦めるかどうかはともかく、わたしがもっとも読みたいと思う戯曲は、氏の次回作である。出来映えなど問題ではない。谷川雁(違うかも?)の言葉を借りれば、「完成がなんだ!」なのである。
                       (「悲劇喜劇」2011年7月号)





いろいろよろしく - 2011.06.06 Mon

以下は、演劇雑誌「悲劇喜劇」の今月号(7月号)に掲載されたものの転載。

この間も、あるひとからブログ時々読んでます、なんて言われた。そういうひとのために、求めに応じて書いた原稿をこれからも転載したいと考えています。いろいろよろしく(内田裕也のことば。笑)。
わたしの文章は、上記雑誌の「この一篇」という特集のために書いたもの。ざっくり言うと、戯曲を1本挙げて、それについてなんでもいいので書いて下さい、というもの。
わたしのほかにも10人ほどの方が原稿を寄せられているのだが、執筆者の平均年齢は多分70歳を超えているのではないか。正直この人選はいかがなものかと思うのですが。せめて平均50歳でしょ。

ざっと読んだら、やっぱり(?)わたしの文章だけ浮いてた。みなさん年相応の真面目な文章を書かれている。わたしだけがなんだか軽い調子で、ゴメンナサイって感じです。


劇(戯曲)、動くもの。
     「蒲団と達磨」(作 岩松了)に触れながら
                         竹内銃一郎

本は動かなければいけない。これは池袋の書店の壁に掲げられていた、生物学者の福岡伸一の言葉。ならば、劇=戯曲においてをや?
 動いているとは、生きているということ。だから、と続けるといかにも短絡的だが、お題をいただいてわたしが真っ先に考えたのはこのことで。
 すでに亡くなっておられる作家、ご存命ではあるけれど、失礼を承知で記せば、実質すでにもう終わってしまっておられる作家、わたしよりずっと若いけれど、変わりばえのしない作品・世界を描き続けて飽きない、動かざることゴルフボールの如き作家の作品は除こう。それに、入手困難な作品を除き、外国の同時代作家のほとんどを知らず、自作を挙げる図々しさを欠いているとなれば、あとはもう岩松了氏の作品しか残らない。
 生きているとは、新たに生まれつつあることであり、新たにうまれつつあるとは、刻々と変化・変貌を遂げているということだ。ここにきての氏の作品ごとに示す変化・変貌・変幻ぶりは、「大丈夫?」と声をかけたくなるほどの、無謀というべき激しさである。わたしをして新作を心待ちにさせる作家は、目下のところ氏をおいて他にはいない。
 これだけではない。動くこと=運動的なるものは、不安定・不均衡によってもたらされるのだが、たとえば、氏の初期の傑作「蒲団と達磨」は、その運動的=不均衡なるもので満たされている

。断るまでもなく、作品自体もきわめて運動的なのだ。冒頭のト書きからすでに氏特有の世界が提示されている。
舞台には、黒い紋付を着た妻と寝間着の夫(不均衡①)。ふたつの蒲団が敷いてあるのでそこはふたりの寝室なのだろうが、なぜかカラオケセットが置かれてあって(②)、「さらに、異様と言うべきか、ふたりの間、部屋の奥の方に、体をエビのようにくの字に曲げ、夫婦に背を向け、横たわっている男がいる」という(③)。夫は新聞を読んでいて、妻は急須にポットのお湯を注いでいる。
かってわたしは、「岩松さんは世界を動詞で描くのだ」と書いたことがある。立つ、座る、歩く、新聞を読む、お湯を注ぐ、等々の動詞によって示される行為の具体の連なりと、人物たちの登場・退場による、その場の空気の濃淡の変化が醸し出す滑稽と哀切が、氏の劇のすべてなのだ。
「静けさは、時の深さを告げるよで……」。夜も更けているらしい。ふたりの沈黙がもたらすそれなりの緊張感。その中で、ふっと洩らされるため息のような次なる言葉が(④)、この劇の最初の台詞だ。

夫 これは、夕刊じゃないな……

 以降、まるで石ころだらけのグランドでなされる野球のように、イレギュラーバウンドめいた、

久々に - 2011.06.05 Sun

お墓参りに行ってきました!

前に行ったのは2~3年前で、なんともご先祖様に申し訳ないことをしています…

そのお墓は四国の徳島県にあるんですが、前にお墓参りに行ったときは、草や木が生い茂っていて、お墓がほとんど見えない状況でした…が今回は前の頑張りのおかげか、お墓は見えていて、掃除も前は1日がかりでしたが、今回は1~2時間で終わりました!!





掃除中に今年初めての蚊にさされました!
合計4ヶ所も…
そして初めて、刺すのが下手な蚊に出会いました!
刺されたときにチクッとして、一瞬もっと別の虫に刺されたのかと思って怖かったです
でも実際はただの蚊だったみたいなので安心しました



今回学んだこと
お墓参り行くときは、虫除けスプレーにかゆみ止めは必要です!

団体として(桂) - 2011.06.03 Fri

先週のカンブリア宮殿が面白かった。
今週のは録画したけどまだ見てない。明日見る。

で、その先週のカンブリア宮殿なのだが、万協製薬の話をやっていた。

万協製薬社長松浦信男氏が、阪神大震災後社員を集めて、会社を再建しよう!崩れた会社(工場)の掃除をしよう!と、言ったところ社員は、そんなことして怪我でもしたら保険は出してくれるのか?その作業中の給料は出るのか?と、誰も崩れた会社をどうにかしようとはしなかったらしい。
その時松浦氏は、社員はこの会社を必要としていないんだとショックを受け、場所を変えて再建してからは、社員からも必要とされる会社を作ろうと決めたそうである。

工場の安全性の向上や、会社内に図書館やスポーツジムを設けたり、旅行のプランを組んだりなど。
中でも私が面白いと思ったのが、月に一度の感想文である。

万協製薬では、月に一度、社員全員が同じ本や映画の感想文を提出するそうである。
その感想文は、会社の誰のパソコンからでも見れ、社員は他人がどんな事を思ったのか読める。
他の人がどんな人か分かって面白いです、とのことだった。

さて、そこで我が劇団の話になるのだが。
私たちは稽古場でそれをするべきじゃないのかと。今はそういう交流が出来ていないんじゃないのかと。
月に一度のお題が台本で、感想文が稽古で。
今の自習稽古は、話し合いもままならずな感じがしてね。
誰が何を思っているのか分からない事になってる気がする。
相手が分からない分、また発言もしにくいし。

団体として、色んな意見を共有したいね。

ブログを書くというのも、団員が何思ってるか知れる手段なので、もっと書いていこう!!そうしよう←





みたいな話をね、今日、団員砂川としたわけですよ。
こういう話をもっと皆でするべきだね。
ってなわけで、今度みんなで飲みに行こう★
あと個人的には花火もしたい。

再度の改稿 - 2011.06.01 Wed

どうなってんだ? 昨日、ここに転載した原稿が、いま読み直したら途中がスッポリ半分以上抜けてた。ので、いきなり「いいでしょ、こんなもんで」で終わってて。なんのこっちゃ分からん、どころか、竹内、なに怒ってんのか、ふて腐れてんの、それとも、とうとう気が狂ったか? と思われるのもなんなので、前回分を削除し、改めて正式なのを以下に。



 馬敗れて草原あり
                                竹内銃一郎

 久しぶりに「寺山修司」を読む。フッと、このひと島田紳助みたいだ、と思った。そう思ったのは、たとえば演劇論集『迷路と死海』にあった、次のようなくだり。

 だが、エクリチュールの支配しているあいだ、演劇ははじめから複製品であるという宿命をまぬがれることはできないし、俳優は「戯曲」という黒子に操られる人形から脱却することができない。私がト書きに「くしゃみ」と書くと、杉村春子がくしゃみをする。だが、私が消しゴムで「くしゃみ」という四文字を消すと、杉村春子はくしゃみをしなくなる。私が、「おれは今、台本通りしゃべってるんだよ」と書くと俳優は「台本通り」にしゃべるが、たとえ、私が「おれは今、台本を無視して勝手にしゃべってんだよ」と書いても、俳優はそれを「台本通り」にしゃべることになる。         

 いかにも分かりやすくて刺激的なたとえだが、残念ながら、杉村春子は、「くしゃみ」と書いてもしたくなければしないだろうし、「おれは今、台本通りしゃべってるんだよ」という台詞があったら、おそらく「詰まらない台詞ね」とおっしゃるだろう。今回の台本もコピーしてもらって読んだが、同様の印象。要するに、アイデアはあるけど詰めが甘いのだ、このひと。子供には受けそうだけど。
氏の多方面での活躍は誰でも知るところ。で、その「多方面」をわたしなりに評価すると。低い順に、映画、演劇、小説、写真、詩、俳句、短歌、評論と来て、ダントツにいいのが競馬に関する文章。本文のタイトルも、氏の競馬エッセー集からの借用です。
 因みに、この本の中に「悪の華ジルドレ」という文章が入っていて。ジルドレっていうのは、イギリスで生まれてフランスで走って、日本に種牡馬として輸入された馬なんだけど。そもそも、今回上演される芝居の「青ひげ」には実在のモデルがいて、それがジル・ド・レイって名の、1500人の少年を殺した(と言われる)稀代の、性的変態オヤジで、なんてことが書いてあります。ちょっとした観劇のための豆知識でした。
 で。ざっくり言ってしまうと、寺山修司は演歌好きの西洋カブレの地方出身者で、氏に対するわたしの拒否反応のすべてはそこに起因してるわけだけど、でも、競馬エッセーではそれらがみんな美点に変わってる。単純に泣ける笑える。氏の競馬エッセーに惹かれて競馬バカになった人間は、この国に数知れず。なにを隠そう、拙もそのひとり。
 一度、氏宛に手紙を書いたことがある。結局、投函はしなかったんだけど。
 1979年に、渋谷の、いまはパルコが建ってるとこが空き地になってて、そこにパルコがテントを立て、当時の若手劇団のいくつかに声をかけて芝居をやらせた。そのいくつかのひとつがわたしの主宰してた劇団で。まあ、その時、なんだかんだわたしたちとパルコの間でひと悶着あったんだけど、なにがあったのかいちいち説明してたら長くなるので端折りますが、とにかくその公演に、別に招待したわけでもないのに寺山修司が見に来てくれた、と。「あ、寺山が」と思ったけど、今も昔も無愛想なわたしは挨拶もせず。でも、架設の客席のいちばん後ろから、わたしは氏の芝居への反応をそっと窺っていて。氏が大きな背中を上下に揺らしながら大笑いしていた場面があった。それは、チョー下らない駄洒落をかますところだったんだけど、説明すると長くなるので、ここも省略。で、無愛想だけど気が小さいわたしは、礼状くらい出しとかないとなと思いつつ、それからズルズル歳月は過ぎて、1983年になる。
 その年の皐月賞を勝ったミスターシービーと、そして鞍上の吉永正人は、氏もわたしも大ファンだった。氏は当時入院中で、かなり危ないぞと思われていた。なので、遅すぎる礼状の体裁をとりつつ、東京競馬場で一緒に、ダービーのゴールをトップで駆け抜ける、シービーの雄姿を見届けましょうと、なんだか子供っぽい励ましのお手紙を書いたのだ。書いたのに投函しなかったのは、その前に寺山さん、亡くなっちゃったんですねえ。ウ。なんだか泣けてきた。その時も泣いたけど。もう、やめる。いいでしょ、こんなもんで。
 最後にとってつけたようだけど、今度の芝居、どうなるか期待しています。

                           (今年のダービーまであと2日 記)

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

公式ホームページ

お客さま

プロフィール

初代管理人

Author:初代管理人
写真は竹内銃一郎
(ウィキペディアの解説ページ)

mixiコミュニティ

カテゴリ

竹内銃一郎のドラボノ介 無頼控 (255)
公演情報 (9)
稽古場日記 (591)

最新記事

最新トラックバック

月別アーカイブ

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。