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2010-09

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みんな蔑みあってる - 2010.09.30 Thu

昨日の続きです。そう、池上彰の番組の話でした。
多分、彼の番組はみんなそんなことになってるのでしょうが、彼がいて、進行役のタレントがいて(この間は、クリームの上田と滝川クリステル)、ひな壇にズラッと芸人・タレント、最上階に外人さんたちが並んでる。

外人さんたちはさておき。ひな壇のひとびと、いるの? 教室の体裁をとりたいから置いとくわけですか?
そう、ほんとに置いてるだけ。だから、極端な話、人形でもいいわけ。いや、精巧に出来た人形を20体ほど並べて、頷いたり、首を捻ったりさせたほうが芸人たちを並べておくより、ずっと気が利いてるのじゃないか、と。

だって、芸人でなければならない理由はなにひとつない。ただ、「へー」とか「ほー」とか言ってるだけなんだから。彼らに「俺は芸人だ」というプライドはないのでしょうか? ないのでしょうね。

ほんとは一般の観客がいればいいのに、それだと絵的に寂しい、だから、ひまそうなやつ等を並べておこうと。早い話、ここでも池上彰に丸投げしてるわけですね。彼が出て話せばそれだけである程度の数字とれるし、なんとなく知的なことやってる感じがあって、世間の良識ある人々から褒められそうだし、余計なことしなくていいんじゃないのと、こういう感じで番組を作ってるんでしょう、おそらく。

なんかね。あっちでもこっちでも、みんなお互いを、いや自分自身さえも、蔑みあってる、そんな感じがします。
客なんて、視聴者なんて、この程度で満足するわけでしょ。テレビなんて、映画、芝居なんて、こっちは、ま、暇つぶし、時間つぶしなんだから、そんな過大な期待なんかしてませんよ、ちょっと泣かせてくれたら、笑わせてくれたら、それで十分なんです、etc.

一方で、妙に過剰にスポーツ選手が持ち上げられたり。イチローの200安打をニュースのトップに持ってきていいんでしょうか? 200安打って言ったって、40%は内安打なんですよ。そりゃ、36歳にもなるのにいまだに脚力の衰えを知らないかのような、その事実には驚きもし尊敬もするわけですが。

ついでなので、先週の日曜日にやってた「漫才レジェンド」にも触れておきましょう。現役の若手漫才師たちが、かっての古典と呼んでいい漫才ネタのカバーするというのは、とてもいい企画! と思ったのでした。実際やられた漫才もみんな悪くはなかったのですが、決定的に元の漫才と違うのは、時間ですね。ダイマル・ラケットのボクシング漫才も、彼らは10分、20分とやったのではないでしょうか。ふたりともヘロヘロになってるなにか他愛も内言葉をぶつけあってる。想像するだけで笑えます。Wヤングの駄洒落漫才は、実際に見てるから知っていますが、こっちも10分、20分とあって、その長い時間、ずっと駄洒落を言い続けてる。その下らなさを笑っていたわけです。多分、いまの若い漫才師たちは、それだけの時間を持たせられないし、観客もジワジワ来る笑いを待っていられないでしょう。やんぬるかな?

あ、キング・オブ・コント、わたしの採点ではじゃるじゃるの圧勝です。ネタでいちばん笑ったのは、しずるの「シナリオ通り」でしたが。じゃるじゃるの「おばはん」連呼には少し感動しましたし、おばはん役の子は、芝居がうまいのに感心!

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内輪のことば - 2010.09.29 Wed

芝居のパンフレット、ひどいねって、昨日はそんなことを書きました。それは内輪の話、内輪のことばに終始していて、ちっとも広がらない。他人の方に言葉の翼がひろがらない。いいじゃんこれでってそういってる、貧しさ。
映画のパンフレットはもう少しちゃんと真面目に作ってる。だから、家の本棚に並んでる。もう一度読むことあるかも知れないと思って。ビジュアルだけで言えば、芝居のパンフレットも凝って作ってるもの、いっぱいある。でも、繰り返します、中身がスカスカ。時間が経ってもう一度手にとってみようなんてこと、絶対にありえないような代物。こんなことしてたらホント、雪崩をうってみんなダメになる。

以上のような話の流れで、先日あった「キング・オブ・コント」移ります。
これもまあ、目を覆いたくなるような、惨状で。審査員が準決勝で落ちた芸人たちって、これ要するに、内輪ですませましょってことですよね。
どれだけアタマが悪いの? いや、芸人たちのことを言ってるわけじゃなく、局がって言うか、番組のプロデューサーがって言うか。
だって、審査を任された芸人たちには、これからの自分たちの生活・将来がかかってる。だから、自分たちの行く手にたちはだかりそうなヤツなんか選ぶはずないですよ。だから、東京03とか今年のキングオブコメディとか、自分らにとっては安全パイ的なヤツを選ぶわけで。しずるだのロッチだのじゃるじゃるなんて若手は間違っても選びません。普通考えたら誰でもわかる理屈でしょ、これは。

局は、担当のやつらはなに考えてんだろう? 彼らにとっての至上命令は、視聴率をあげることでしょ? 視聴率をあげて世間の注目を浴びることでしょ。それで、え? キングオブコメディで視聴率とれるの? キングオブコメディは今度の優勝でグッと人気があがるの? 彼らの人気急上昇とともに番組の価値があがるの? そんなことないでしょ、絶対! 局は、担当は、そういうことを可能にするために知恵を絞らなきゃいけないはずなのに。

テレビ局でしょ、メディアでしょ、情報を発信するのが仕事でしょ。自分たちはお笑いをこう考えている、いまのこれからのお笑いはこうあるべきだと考えるって、なんで言わないの? あいつら、なーんも考えてない。なーんも考えないで芸人たちに丸投げしてる。

丸投げっていえば、同じテレビの番組で。いま赤丸急上昇の池上彰がニュースの解説をするってヤツ。
いや、池上某は別にどうでもいいんです。さほどの関心もないし。

あ、時間が! これから授業に行かなきゃいけないので、ここで中断です。

物言わぬ人々 - 2010.09.28 Tue

先日、わたしが勤務する大学・専攻の卒業公演があった。その芝居の良し悪しはさておき。
わたしが少なからずショックを受けたのは、当日観客に配布されたパンフレットだ。
若い人の活字離れは言われて久しいが、そのパンフレットには、文章らしきものさえ皆無に近かったのだ。いや、文字はあった。上演された演目が1960年頃ということで、そのころどういう事件があって、なにが流行ってて、登場人物Aは、この年に大学に入学してというような事柄が年表のようにされていたし、また、出演者の一口コメントなどもそれぞれの顔写真に付されていた。でもでも。年表も一口コメントも、率直に言って、なにも言っていないに等しい。あまり好きな言い方ではないが、残念ながら、この公演・上演に対する熱い思いがなにひとつ伝わってこないのだ。

そして翌日。東京である芝居を見に行ったのだけれど、受付で渡されたパンフレットが、前日の学生たちが作ったパンフレットと誠によく似たものであることに驚いた。
いや、どっちがどっちのパクったとかそんな話じゃありません。「東京」の方は、それなりのプロのデザイナーが作ったもので、凝った作りになっていた、そりゃ500円也の売り物ですもの。でもでも、文章らしきものが皆無であるところはまったく同じで。こっちも活字は一応あったのです。出演女優さんたちのお喋り、男優さんたちのお喋り、そして、演出家と若い彼よりひと世代上の著名人だけれど頭は悪い劇作家・演出家の、これもまあどう読んだってなにひとつ面白くないお喋りと。

ひと昔前までよくあった、いや今だって根絶されたわけではない、パンフレット掲載の評論家の駄文など、わざわざ金を払ってまで読みたい客などいないだろう。その判断はおそらく正しい。
だからといって、気のきいたと当人は思っているらしい一口コメントや、有名タレント気取りのお喋りなどいったい誰が好んで読むのか? むかっ腹が立ったので、芝居が終わって劇場を出るとき、ゴミ箱に捨ててやりました。
そう、この程度のパンフレットを作ってる公演が面白いはずがないわけで。

なんか言うの、面倒臭いわけですか? なにごとかを主張することが怖いわけですか? そういうことを語るのはカッコ悪いと思ってるわけですか? だったらヤメロ、芝居に関わることなんか。自分の部屋で気の合う仲間たちとじゃれてれば、それでいいわけでしょ。
もっと手間=エネルギー使えよってそういうことです、早い話が。





つながり - 2010.09.27 Mon

地元の道を自転車で滑走する。
すると、久しぶりに高校時代の通学路を行くことに。

あれ?
歩道が広がっている。

ボクが高校に通うために毎日通っていたその道路は、歩道の幅60~80センチぐらいで、白線で区切られていただけだった。だからとても危なかったのだが、
今は幅が2~3メートルもあり、ガードレールもある。

あぁ。あの危険な道が懐かしい。あれはもう3年も前の話か……

DRY BONESに所属してもう3年目になるのかぁ…などと考えながらその道を立ち漕ぎで進むボク。

時間の流れを久しぶりに感じた今日この頃。

最近2 - 2010.09.26 Sun


ごぶさたしてます。
河田です。
今日、バイトの面接行きました。手ごたえは微妙でした笑


あ、そうそう。
10月の1、2日に近畿大学の10号館8階で行われる授業公演にボクがでます。

タイトルは「いつわりとクロワッサン」 なんだそりゃ?と思う人は、見に来て下さい。

めちゃくちゃセリフあります。顎がいたいです。
今、最後のラストスパートです。
頑張ります!!!

あ、今、DRY BONESのホームページで募集しているのですが、DRY BONESと一緒にワークショップをしませんか?
詳細はホームページにて!!!




ちなみに、前に書いたゲーセンにはまっているという話ですが、
ボクがもっている「ドラ○ンボール」の孫悟飯のフィギュアを、あるお店でも発見!!!


…………6800円でした( ..)φメモメモ

……………売ろうと思いました。

そこにいたのにいなかったという表情になる - 2010.09.22 Wed

※少し長いです


その日の三限目は教室が変更されていることが掲示板に記されていた。
新しく大きな学部棟へ一緒にいた同期二人とすたこら歩いていく。

講義が行われる教室は大きな部屋だった。
だがその大きさに引けをとらぬ量の学生がそこにはいた。
何人か見知った顔もいるのでその近くに座る。
剃った髭と眼鏡を適当に笑われて、講義開始から五分経過。
講師は来ない。


…………

隣の友人が新作のゲームをしている。
なかなか楽しいらしい。
長年続くビッグタイトルの新作なので僕も気になり画面を覗き込む内に講義開始から十分経過
講師はまだ来ない。


……………

先日僕が見た映画と同じものを友人も見ていたらしい。感想を言い合う。

――ここで出て来たヤツはなかなかに格好良かった――
――何? 出たのはヤツじゃなくてアイツ? よく思い出せ、ヤツだよ――講義開始から二十分経過
講師はまだまだ来ない。


………………

講師が来ぬまま講義時間開始から三十分経過すると、その時間の講義は自動的に休校になるらしい(本当なのかは知らないが)。
僕はそんな事態にまだお目に掛かったことはないがもしかしたら、と若干焦る。
他の連中にも訊いてみる。

――教室変更は確かだったか――
――休校届けは出ていなかったか――
――元の教室は? 別の講義が行われているのか――

そうこうしている間に三十分経ってしまった。
周りの人間は続々と退室していく。みな休校と判断したのだ。
これ以上ここにいる意味は無いと思い教室を後にした、が……。
僕と友人の内の一人は何とはなしに掲示板の教室変更届を見に行くことにしたのだ。

教室変更を確認。間違いはない。
休校届けを確認。届け出はない。

元の教室を見に行ってみる。何やら講義が行われている。

――――ん?

変更届を再度確認すると、その元々講義がある教室では何も行われていないはずだった。


まさかと思った。
その旨を友人と後から来た同じ講義を受ける女の子二人に伝えると、
その内の一人が「突撃しよう(意訳)」と言い出した


講義開始からかれこれ一時間くらい過ぎている。
もし講義がその教室で行われていたとして、今更入っても進行の妨げになるのではと思った。
もう一人の女の子も「私たち恥ずかしい人になる……」と消沈気味だったが。
彼女は豪胆にも「いくらでもアホになるよっ」と言い放った
物言い自体に覇気があったわけではないがその様のなんと男らしいことか。

彼女が扉の開けておずおずと講義内容を訊ねている。
僕にはよく聞こえなかったが彼女が言うには「新聞なんとか」という講義をしているらしい。

新聞なんとか?
そんな講義聞いたこともない。
それ以前に何故そこで講義が行われている?

よくよく考えたら「この講義は何ですか?」ではなく、
「この講義は(受ける予定の講義)ではないですよね?」と訊いて慎ましやかに教室に入ればよかっただけなのだが。
いよいよ僕も吹っ切れてしまったらしく、ズカズカと事務部に問いただしに行く。
もはや迷惑がどうこうとか関係ない。
この謎を解き明かしたかった。
何より自分たちが正しいということを証明すれば問題は無いと思った

――この時間の講師が来ないのですが――
――はい、変更された教室に行きましたでも来てないです――
――それで元々の教室でなにやら講義が行われているのですが――

わたわたと慌てている事務の人達。
彼女らに伴われ元の教室に行進する。


結果は思った通りだった。
事務と講師の間で巧く連絡が取れていなかったらしく、そこで僕たちが求めていた講義が行われていた。

最初だからこんなこともあるだろうと思う。

普通なら講師が不審に思い事務に確認に行くのだろうが、その場にはこの講義を受けるらしい生徒が少なからずいて(それでも全体の半分にも満たないが)恐らくそれで講師も疑わなかったのだ。
そしてその原因の中に見知った顔が二人程いた。

………………

最初だからこんなこともあるだろうと思う。
思ったのだが面白さに堪え切れずに言ってしまった(何が面白かったのかはわからないが)。

「二年目なんだから掲示板を見る癖くらいつけろよ」




それだけの話。

訂正 - 2010.09.20 Mon

前のブログで、
光の速さに近づけば時間が早くなると書きましたが、遅くなるの間違いです。
宇宙の神秘。 ロマンがありますね。


そしてボクは最近よくUFOキャッチャーをするようになった。
それまでほとんど商品をゲットできなかったのだが、
最近は取りに取りまくりです。

ただどんどん財布が寂しくなりますが。


バイトをしなければ。

こんな言葉 - 2010.09.18 Sat

こんな言葉を最近聞いた河田です。



「エキゾチック物質」。

これは、「ワームホール理論」においての、タイムトラベルに欠かせない物質です。

ワームホールは、宇宙のどこかにあるといわれています。
ワームホールは、ふたつの異なる場所を繋げるモノです。その中を通過するときは、0秒かかります。つまり、ワープできます。
だが、ワームホール内では、とてつもない重力がかかり、全ての物質は押しつぶされてしまいます。
そこで必要なのが「エキゾチック物質」。

「エキゾチック物質」は、質量がマイナスなのです。つまり、ワームホール内でかかる重力を調和してくれるのです。


「ワームホール理論」においてのタイムトラベルは、ワームホールとエキゾチック物質、そしてワームホールを光の速さで移動させるエネルギーさえあればできるということです。

ちなみに全てまだ発見されていません。
見つけれたら多額のお金がもらえるらしいですよ。
一度探してみては?


ちなみに、簡単なタイムトラベルをひとつ。
誰でも知っていると思いますが、光のはやさ(時速約30万㎞)に近づくほど、時の流れが速くなります。
だから、飛行機や戦闘機に乗ったら、他の人より少し未来にいけます。
光の速度で24時間走り続けたら、他では48時間経っているので、1日分未来にいけますよ!!






次回は「宇宙ひも理論」についてです。お楽しみに。

肌寒い - 2010.09.16 Thu

生駒山を越えると、空気がぐっと冷たくなります。大阪では要らなかったカーディガンを、鞄から取り出して羽織る。
川沿いの草むらからは虫の声。胸いっぱいに吸い込んだ空気は、煙の匂いとかすかな雨の匂いが混じっています。

携帯の画面を見ながら住宅街を歩いていたら、マンホールの周りに溜まった雨の跡が、血痕に見えたりして。こんなことを考えていると、以前にテレビでみた怖い話が次々に思い出されて、後ろから歩いてきた高校生の足音に過剰に警戒。


そんな帰り道、雨上がり。

これが号泣だ! - 2010.09.14 Tue

虫が鳴いている。夏の暑さもどうやら峠を越したようだ。
秋はひと恋しい季節。そんな秋の夜長にお薦めなのがこれ。「関の弥太っぺ」主演萬屋錦之助 監督山下耕作 原作長谷川伸
次から次へと名台詞名場面が繰り出される、知るひとぞ知る傑作だ。
ただ事とは思えない名場面をひとつ紹介しよう。
旅人(やくざ)の主人公は、幼いころ別れてしまった、たったひとりの肉親である妹を探している。ようやくある宿場で女郎をやっているという噂を頼りに、探りあてる。が…
部屋のというより、画面の端っこにぽつんと、妹の姉さん格だった女郎と主人公。亡くなった妹の思い出を語っている女の傍らで、男は俯いて酒を飲んでる。かなりの長台詞。カメラはゆっくりと二人に近づいていく。
男が俺のことはなにか話してなかったかと聞くと、何度聞かされたか分からない、まるで好いた男みたいに話してたと答えると、男は文字通り堰を切ったように号泣する…
いい映画は全てが詰まってる。子供、老人、若者、小動物、花、森、山、川、雨、青空、夕焼け等々、この世の森羅万象が、それも同じ大きさ重さで。
啜り泣くような弦をメインにした音楽は素晴らしく、キャスティングも完璧。久しぶりに見て、改めて感心したのは、台詞もなく、顔さえ定かではない端役の人々がきちんと芝居をしてること。この事実で明らかなように、画面の細部に至るまで、まったく手抜きがないのだ。これこそ、スタッフから大部屋の俳優まで丸抱えしてた撮影所のみがなしえた技で、決して優れた個人の産物ではないのだ。「ウ゛ィヨンの妻」を見たあとだから、改めて〈その違い〉を実感してしまった。歎いたところで今更どうにもならぬが。

それ、逆でしょ? - 2010.09.13 Mon

映画「ウ゛ィヨンの妻」を見る。小説のストーリーだけを抜き出せば、ひたすら重く暗いわけだけれど、なんの予見もなく読めば、そこにはつい笑ってしまうような軽さがあるのだ。しかし映画は、ま、とにかく真面目で。
自身をモデルとしていると思われる、家庭をかえりみない身勝手な男を、小説では彼の妻の視点から描いてる。これって要するに、女装して自分のひととしてのいたらなさを告白してるようなものだから、基本的にふざけてるっていうか、反省なんか全然してないってことでしょ。映画の欠陥、挙げたらきりがないけど。そう、戦争直後という時代背景がさっぱり感じられないとかね。でも、いちばんこれマズイでしょと思ったのは、主役を演じた松たか子。理不尽な夫の振る舞いをじっと耐えるけなげな女を真面目にやってんだけど、違うんだよね。そんなありきたりな女じゃないんだから。もっと得体の知れない淀んだ沼みたいな、危ない女なんだから。せれに松さん、全然色気がなくて、妻不木や堤真一に言い寄られても、そんなこと全然しそうにないから、ハラハラもドキドキもしない。
まるでそうでなければならないと思いこんでいるかのような、渋い色調。これもわたしには真逆に思えた。太宰の世界は、抜けるような青空のもとでこそ描かれるべきではないか、と。

ガチョーン! - 2010.09.12 Sun

「表に出ろいっ!」を見る。野田秀樹と勘三郎の奮闘公演。それ以上でも以下でもない。ふたりは夫婦で娘がひとり。今夜は三人それぞれ外出の予定があるのだが、飼い犬の出産が間近で、誰かひとりは家にいなくてはいけない。誰が残るべきかでバトルが始まり、その果てに思わぬ事態が…というのがおおよそのストーリー。が、問答無用とばかり出て行けばいいものを、ぐずぐず言うばかりで誰も出ていかない。出て行けない仕掛けが生温いから、無意味な空騒ぎにしか思えない。客席は沸きに湧いていたが、なにがそんなに面白いのか、わたしにはさっぱり分からない。ふたりが達者なのは認めるけれど、えっ?だから? って感じで。
野田秀樹が女装して出てきただけで笑う観客たち。でも?
観客の推定平均年齢42歳。若いひと皆無。おじさん多し! どうなってンだ?
テレビのニュースで谷啓の訃報。
そうだ、今日の芝居のラストに谷啓が登場して、ガチョーンとやればきれいに落ちたハズ。そう、ガチョーン一発で吹き飛ばされるような、かるーいお芝居だったのでした。

負けてられない - 2010.09.12 Sun

普段は見ないスポーツニュースを見ました 堀です。

私は楽天のまーくんや早稲田の斉藤くんと同い年
ハンカチ世代

3つ下の妹は石川遼くんと同い年
ハニカミ世代

まーくんや遼くんはすっかりプロの仲間入りしたけど
斉藤くんは今も学生で
彼なりの苦労があったようだ

斉藤くんは学生生活中
一時期は投球時にストレートでいかにスピードを高められるかのみを追求し
それによってフォームがどんどん崩れていったという
スピードはあってもヒットを打たれ
うまくいかなくなったとき
テレビのプロ野球でまーくんは
時速140キロほどのストレートで
見事にストライクをとっていた

それを見て
やっぱり彼はプロだと感じたという

3年末、甲子園の決勝で互角に闘った相手が成長し
いつのまにか自分より遥か遠くに行ってしまった
斉藤くんにとってそれがどれだけショックだったんだろう

でも斉藤くんはそこで止まらなかった
必要なのはスピードではなく
コントロールとキレだと気づいて
フォームをつくりなおした
投球時いかに体を前に向けるタイミングを遅くできるか
バットよりほんのボール1個分離れた位置でストライクを出せるか



私が大好きなレゲエ歌手leccaもいつも歌詞にしていること

「たとえ何度でも ふり出しに戻っても
はじめられる強さ」

それだけ持っていれば
いいのかなと

失敗したりふり出しに戻らないと
わからないこともあるとおもうので

つい最近
ふり出しに戻った私は

斉藤くんに負けてられないとおもった。

ヒガム - 2010.09.10 Fri

『ヴィヨンの妻』を読む。いわずと知れた太宰治の短編集。
何十年かぶりの再読だが、やっぱり苛立つ。なにに? 作者のあまりの虫のよさと甘ったれぶりに。それから、舌を巻く小説作りのあまりの巧みさに。

まあ、太宰ってのは女性にものすごく持てたわけでしょ。持てる男というのは概ね、女性に「わたしがいなければこのひとはダメになる」とか、「このひとのよさは自分にしか分からない」とか、要するに誤解・錯覚させる能力において秀でていると、こういうことですね。
中にはタフな男がいい、マッチョがいいなんて女性もいますが、よく聞くと、時々垣間見せる子供ぽさ、少年ぽさが可愛いなんていう。一言で言えば、ほっとけない男がいいわけですよ。
だから、持てない男というのは、女性から見ると、ほっといても大丈夫そうな男なわけですね。

で、まあ、太宰は女性がほっとけないから持てると。一方、わたくし竹内が長く人生を生きてきた中で、持てたという実感がほとんどないというのは、結局女性から見て「大丈夫そう」と見えるからでしょうか。

わたしの目下の楽しみは歯医者通い。来週の月曜に行くのですが。なぜ楽しみ? そりゃもうわたしのことを大事にしてくれるからですよ。歯医者のとりわけ若い女性の助手ほど、この世の中でいま現在のわたしに、気を使ってくれるひと、優しくしてくれるひとはおりません。おまけにそろって美人だし。
うん? 前にも同じことを書いたことが …?
ま、それほど優しさに飢えているというのか。商売柄(?)ずっとこの、毎日のようにひとに「ああせい、こうせい」って命令してる。強いひとであるかのように振舞っている、というより、そういう風に強いられている。これがなかなか辛いのです。でも、それがゆえに、ほっといても大丈夫と思われる強力な根拠になっているのじゃないか、と。え? はなから関心の対象になってない? ……

暑さにのぼせて、わたしはなにを書いているのか?

キャベツ - 2010.09.09 Thu

田舎に帰り法事やら何やらしてまた暑い大阪に帰ってきました。いまだに群馬には「帰る」です。今住んでるのはここなのですが。
田舎を散歩していると、見知らぬ中学生に挨拶されました。
何故か村の中ではすれ違う人、全員に挨拶をしなければならないのです! といってもめったに知らない人には会わないのですが。こういうこと言うと長閑でいいとか思われがちですが、実際いやでいやで仕方がなかったです。恥ずかしい。知らない中学生に挨拶されて思わず下を向きボソボソ答えを返してしまいました。やはり今も恥ずかしい。

不均衡 - 2010.09.09 Thu

ついさっき専攻の同僚から聞いたのですが、今年4月に就職して、まだ半年も経たないというのに、もうかなりの卒業生が会社を辞めたらしい。大学は就職率のアップが大学の評価につながり、ひいては受験生の獲得にもつながるというので、なにがなんでも就職させようとする。もちろん、わたしたちの専攻はそんなことはしてないのですが。大学だけでなく、家族などの周りからも就職どうする?みたいな雰囲気が漂ってくるしで、まあ、多くの学生はさほどの気乗りもないまま就職をすると。心の中では、このブログでも再三書いてきたように、前能感というのは、自分はやれば出来るひとと思っていたりもするから、1、2ヶ月働くと、わたしはこんなところにいる人間じゃないなんて思うようになって、辞めてしまう、と。

先週のニュースによれば、今年の新卒対象の求人倍率は、大企業は0.5倍と最悪に近い状態だけれど、一方、中小企業は4倍を超えるという。詳しい実情は分からないけれど、普通にこの数字だけを見れば、全然就職氷河期じゃないよね、要するに、多くの学生たちは大企業ばかりを狙ってて、だからなかなか就職先が決まらないわけでしょ、と思ってしまう。

就職してもすぐに辞める、大企業ばかりに目を向ける。原因は同じところにある。それは?
一言で言えば、いまの多くの若い人たちには、働く必然がないからだ。
働く必然? だって、働いて養わなければならない対象なんていないわけでしょ。自分ひとりの食い扶持さえ確保出来ればいいのなら、バイトでいいんだもの。そりゃ、ちょっと辛けりゃ辞めますよ。
自分が働かないと家族が飢え死にしてしまうとなれば、大企業じゃなきゃなんて、誰もそんな贅沢こきません。

ずいぶん前に、若いひとたちにはもう「望むもの」がない、なんて書きましたが。
最近流れてるロトのCMがそんな実情を見事に明らかにしています。例の、4億円が当たった香取慎吾が、そのお金キリンを買って、今度は象まで買ってってヤツですね。
つまり、みんなお金があったら、なんてことは言う。4億円?そりゃほしいと誰もが思う。だけど、実際にいざそんな大金を手にしても、ほしいものなんかなくて……、という話でしょ。
一生懸命働いて、車を買って家を建てて、というひと昔前の、ささやかな夢がもう文字通りの絵空事としか思えないわけでしょ、いまの若い人たちの多くは。
前述した同僚の話では、○○くんは、真面目に働かないと年金が貰えないからなんて言ってた、と。
もう、ほとんど虚の世界を生きてる! 辛い時代です。

不均衡といえば。先日、久しぶりに本屋に行ったら、店頭に「世界には10億の飢えに苦しむひとたちと、10億の肥満に悩むひとがいる」というようなタイトルの本が置いてありました。帰り際で急いでいたので、手には取らなかったのですが。
それが少なからずショックで。わたしは基本的には不真面目で、時々真面目になる人間ですが、ああ、今月から食費を10%カットして、それから、週末の競馬で勝ったら儲けの10%くらいは、ユニセフに寄付しようなどと殊勝にも考えたわけです。

マクドナルドもなあ。儲かってんだから、売り上げの1%くらい飢えたひとたちのために使えよ。値下げ競争で必死の3バカ牛丼トリオもさ、うちは売り上げの5%を世界の飢えた人々を助けるために使っているから、安易な値下げは出来ないのです、とかキャンペーンを張ったらどう?それが明確な差別化になって、売り上げにつながるんじゃないかと、思ったりするのですが。


最近 - 2010.09.06 Mon

最近、良く知らない人に話しかける。
電車に乗って学校に行く途中、鶴橋駅から長瀬方面の電車に乗り、涼しいなぁと思っていたら、ドタバタと高校生男子4人が乗り込んで何やら口論。
「こっちであってるんか?」「わからん」「ふざけんなよ」こんな感じ。

ふと話しかけてしまう。
「どこへ行きたいの?」
びっくりする高校生。
ボクは、この子たちは近畿大学がある長瀬で降りるんだろうと思っていたのだが、
「河内山本です」と言われてちょっと冷や汗。
河内山本……どこだ?
だから何となくで答える。
「こっちで方向あってるよ)^o^(」  多分あっているはず!河内~はこの方面だし!!

ボクは長瀬(鶴橋から4駅)で降りたから、その子たちがどうなったかわからない。無事を祈ります。

とにかく、最近知らない人とお話しする機会が多いという話。





前のボクの記事にコメントをくれた方々。ありがとうございます。
そうですね。ウダウダ言ってても何も前に進みませんからね。
今日もその稽古で話し合いになりました。良い傾向だと思います。
皆が思っていることをぶつけ合い、淘汰され、良いものができあがると信じます。

共存の道を模索す!!!!

自分に喝 - 2010.09.06 Mon

ボクが今稽古している芝居の話。演出家が忙しいらしく、8月に入ってから稽古にまだ一回も来ていない。それも問題だが、それよりもまずい事がある。
仕方がないから出演していない人が前から観て、あーだこーだ言っているのだが、感情がどうだとか、テンションがどうだとか、主観任せの指示をしてくる。 その指示の内容が正しいとか間違ってるとか、そんなことが気になっているのでは無く、あたかも皆が「テンションや感情」というものが一番大切なもののように語る姿にボクは憤慨する。で、皆、なるほど…とか言って関心してるのにも憤る。
もっと目に見えるもので、耳で聞こえるもので話し合おうよ。声の大小とか、強弱、高低。
もっと声を小さくしてと言えばいいものを、もうちょっとテンション下げて…とか言ってる。
何それ?もうちょっと語彙力をつけてお話ししてくださいな。
「センスで」とか言っているが、センスがある人はこんなところにはいません。

ボクは稽古中に、このような話をします。でも、理解ができないらしく、また、皆もテンションという言葉に毒されていて、無意味に納得している。
ボクにはまだ、皆を納得させるような力も言葉も無いらしい。それにとても腹が立つ。相手というより自分に。


もっともっとお芝居も口先も上手くなって、ちゃんと伝えたい事を伝えれるように精進しますという話。

私が言うのもなんですが - 2010.09.06 Mon


劇場って空間はずるいと思う。

なんでもあり。
大の男がひとりで突然笑い出しても、舞台の上なら、なんか納得されてしまう。

でも公園や道なら、その人はただただ変な人だと認識される。

ずるい。


役者は、ホント、劇場に守られていると思います。

幸せな夜 - 2010.09.04 Sat

わたしが30年ほど前に書いた「今は昔、栄養映画館」を見に行く。演出は文学座の西本さんという若い女性。出演者も文学座のひとで、こちらはかなりのベテラン。正直なところ、あまり期待していなかった。これまでいろんなひとにわたしのホンを演出していただいたが、面白いと思ったことは一度しかない。もちろん、どこかの誰かさんのように、自作の変更は一切認めないなんて、そんな愚かしい観点から、面白くなかったと言っているわけではない。よく分からないのだ。なにがそんなに高尚なことではない。なぜそこで彼は怒りだし、彼女は泣き出すのかといった、ごくごく素朴なことがである。書いたわたしが分からないのに、普通のお客が分かるわけがないじゃないかと、見終わって落ち込んでしまったことが、これまで何度あったことか。 それが、今日の芝居はとてもよく分かったのだ。幾度も笑った。そして、なんてうまく書かれた戯曲かと、感心してしまったわけです。最後にふたりの男がパンツ一丁になるのですが、ふたりのだらしない裸が笑えてまた切なくて。
西本さんの演出家としてのキャリアがどれほどのものかは知らない。でも、腹が座っているというのか、余計なことは一切しないし、俳優にもさせない。余計なことBGNとか照明の変化ですね。舞台装置もなきに等しいもの。劇場そのものがもう最高の装置になっておりました。エンディングに流れた音楽の選曲も文句なし。サンジャンのなんとかって、古いシャンソンで、わたしも「眠レ、巴里」という芝居で使った名曲。終わってから演出家に聞いたら、彼女の選曲で、トリュフォーの「終電車」で使われていたので云々カンヌン。やっぱりインテリでした。こういう若いひともいるんだなあと、竹内とても気分のいい夜でした。

 - 2010.09.03 Fri

WOWOWで清水ミチコのコンサートを見る。なぜだか何度も涙ぐんでしまう。感動してしまったのだ。そして、ああ、わたしはこういう女の子が好きなんだと思った。テレビのバラエティーなどでも時々見かけるけれど、そこでの振る舞いも芸人ぽくなく、前から好感をもっていたのだが。女の子はおかしい? いや実年齢は相当いってるはずだが、見かけは学生さんみたいだし、なにより中身が若い。初々しい。先にも記したように、芸能生活ウン十年のキャリアを感じさせない。もちろんいい意味で。それこそ「動的平衡」を生きているのだろう。自らの感性の枠の中に閉じこもっていないのだ。
凄い!

マメさ。 - 2010.09.03 Fri

最近、私の携帯電話に出会い系からメールがくる。それも毎日5~10通ずつ。
もちろんそんなところに登録した覚えはなく、いわゆる迷惑メール。メールの差出人は女性で、私を男だと想定した内容。始めは読まずに消していたが、あんまり来るもんだから、読んでみた。メールの差出人が男性なら、私は絶対に読まなかったが女性だから少し冷静に読めると思って。
すると、これがなかなか興味深い。
来たメールに返信するには一万円くらいでポイントを買わなければならないのだが、あの手この手でポイントを買わせようとする。

最初のメールは自己紹介、私(ゲストという名の架空の男性)にメールした理由、そして会いたい、返事を待っているという内容。数日後には、やはり私ではゲストさんの気に入らないのか、信じて待っているので返事を返して欲しい。そのまた数日後には、何故返事をくれないのか、私はゲストさんを信じて待っているのに、一通返事をくれれば諦めるのに、等々。


いやいやいや、待て!!
見ず知らずの人を信じてはいけないよ!!!

もちろんこれがサクラで、お金を払わせる手口だというのはわかっている。だが毎日のように私の携帯に届く見ず知らずの女性達からのメッセージには、もしかしたら実在するのではないかと思うほどのリアリティ。親近感。
男性ならコロッとポイントを買って返信しまう人がいるんじゃないかと思うほど。

狡い手口だけど、このマメさは、私達にも必要だなぁ。


今は彼女達からのメールは届かないけど。

親善試合 - 2010.09.03 Fri

「親善試合という言葉が浮かんで困った。態度は真面目なのだが、感性の枠が頑なで、深みや危うさに踏み込んでいかない」
これは週刊文春に載ってた、芝山幹郎氏の映画「トイレット」評。あ、そういうことかと得心がいった。この映画の監督荻上直子の作品は、以前に「かもめ食堂」をチラッと見ている。チラッというのは、10分くらいでもう沢山と思い、見るのをやめたからで、そう思ったのはまさに「危うさへの踏み込みがない」と思ったからなのだろう。芝山さんに感謝
何度も悪い例として挙げて申し訳ないが、「ディア ドクター」へのわたしの苛立ちも同じ理由からだったのだろう。アンゲロプロスの映画にわたしがひかれるのはまさにこの逆で、危うさに果敢に踏み込んでいるからなのだ。
日本映画チャンネルで、「踊る大捜査線」が日本映画に与えた功罪について、いろんなひとが自らの思うところを述べていた。わたしが唯一まっとうだと思ったのは、シナリオライターで、「映画芸術」の編集長の荒井晴彦氏の意見。乱暴に要約すると、「一本の映画との出会いが自分のその後の人生を変えてしまう。そんな幻想さえ持てない奴らが作った映画を、同じ穴のムジナ達が喜んで見てる。茶番だね。」
ホントはもう少しソフティな言葉で、もっと辛辣なことを語っていたのですが。

存在意義ではなく - 2010.09.02 Thu

ひょんなことから?9月17日から始まる19期生卒業公演をほんのちょこっとですがお手伝いする事になりました。
稽古を見ていて思うのはやはり台本が緻密に書かれている事。後になってこの台詞はこの為にあったのだとか、登場人物がいっぱいいるけど、観ていくうちにすべての登場人物の人間関係とかがすんなりわかるようになっていたりすごいと思う事が多いです。
また、舞台美術がすべてを物語っていて、台詞を話している人以外の芝居が舞台美術によって生かされている。台本からよく考えられていると思いました。



でも運ぶの大変そうですーーーーーーー!!!!

動的平衡? - 2010.09.02 Thu

福岡伸一「生物と無生物のあいだ」ようやく読了。
筆者は分子生物学の研究者。筆者が水先案内人、時には探偵もどきにもなって、病原体、ウィルス、DNA等々の発見の苦闘の歴史が綴られている。
最初はなじみのない固有名詞や、専門用語が連発されてアタマが痛くなったが、少しすると慣れて、なるほどなるほどとうなづきの回数が増える。ま、知らなかったこと、あやふやにしか理解していなかったことを、新たに知ることは、当然のことながら、ま、楽しいわけです。

生命とは、「自己複製するシステム」であり、「動的平衡にある流れ」である。なるほどですね。
詳細に記すとわたしの理解のボロが出るのでやめますが、生命(体)を維持するためには、その秩序が守られるためには、絶え間なく壊されなければならない、と。それが、「動的平衡にある流れ」の中身で、これは、国、家族、劇団のような集団も同じことがいえるのではないかと思い、わたしはなるほどとうなづいたわけです。

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